CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日を送るライフスタイルマガジン

魔法の香り手帖 ( 8 )

パフュームコンシェルジュ YUKIRINが綴る香りが紡ぎ出すストーリー。
毎月第3木曜日更新

魔法の香り手帖
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黒い螺旋階段、男と女

螺旋の交わる瞬間、視線がぶつかった。 女は、男の考えていることを読み取ろうと、素早く頭の中で計算する。表情ならば幾らでも繕える。指先から靴先、耳の色、襟の汚れ…些細な仕草も見落とさない。やがて心の中で満足感を得て、胸元に輝く美しいブローチ「ツバメと少女の横顔」をそっと撫でる。 男は、なぜこの女が今ここに現れたのだろうと考える。心の中で繰り返し問いかけ、視線を逸らす。どこかにヒントがあるはずだ。彼女...
YUKIRIN
魔法の香り手帖
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あの夏のアンプルシオン

こめかみを伝う汗が光を反射し、彼は飛び起きた。まだ朝6時か…頭が少し痛い。「夢だったのかな…」口にするとますますそう思えた。大きく欠伸をしながら、癖のある黒髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。子ぎつねのようなフェイスラインに、意志の強そうな黒い瞳と眼差し。背も16歳頃を越えた頃からグンと伸びた。 勉強も運動も一応は…そこそこ得意。クラスでは割とリーダーの役回りが多い。父親の仕事でこの街へ越してきた当時は...
YUKIRIN
連載
魔法の香り手帖
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エリニュスの鱗

―呼び起こされる記憶の断片。 薔薇窓の元、眼下遠く、海から姿を現したいつかの私が見える― 生温かい海風が吹き抜けると、石畳はその色を一瞬和らげた。風はゆっくりと上を目指し、崖の上に佇む灰色の塔へ辿り着く。塔の上には鋼鉄の薔薇窓が鎮座し、港を見下ろしていた。人が出入りしている姿は一切ないが人影が窓辺に映ることがあるとの噂が絶えず、畏れられていた。 ある朝、未だ夜が白み始める頃、薔薇窓は少しづつ右へ回...
YUKIRIN
魔法の香り手帖
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煌めきは香りとなり胸に光る

木々の葉が瞼を閉じた森の奥深く。 星たちは間もなく訪れる夜明けに備え、身を震わせながら目を覚ましかけていた。 水辺には少女が一人佇む。焼けた肌と長い手足が水面に映る影をより色濃く染み出させ、自然なまま伸びた柔らかい髪は、時折吹く風に揺れる。 今にも溶けて流れ出しそうな蒼(あお)のグラデーション。静寂が森を包む。 少女はにわかに立ち上がり、空を見上げると星に触れるかのように腕を突き上げ、仰ぐように開...
YUKIRIN
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滴るは君の記憶

土埃が儚げに舞う古いアーケード街。在りし日は商人が溢れ、昼夜問わず活気付いていたこの町も、いつしか昼間ですら人の気配が無いほど過疎化し、物静かな老人の店番ばかりが目に付く。 ぼんやりとした春の夜、俺はアーケードの手前にある信号で夕飯のメニューを想像しながら立っていた。突如、磨きあげられた黒い高級車が視界に飛び込んでくる。音も無く幾台と連なりゆっくりと停車すると、立派な身なりの紳士が何人も降り、次々...
YUKIRIN
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春風がこの恋を知っている

鮮やかに晴れた空から雨が降り注ぐ。芽吹いたばかりの緑を試すように強く叩きつけ、次第に足元の土を溶かしてゆく。 「迷っちゃったな…。」 小さく溜息をつくと、私は髪から雫を滴らせながら小走りに駆け、緑の中に突如現れた紅い屋根の家の軒先へ滑り込んだ。此処で少し待たせてもらえば、天気雨などすぐに止むだろう。高校生活最後の春休みに訪れた親戚の別荘から、近くの花屋へ使いを頼まれたものの、土地勘が無いゆえ路を間...
YUKIRIN
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雪解けのラビリンス

荒れ狂う雪の中、彼女は必死に凍える道を歩いていた。 辺りは薄暗く、目を開いていられないほど強烈な風が吹き付け、金色の髪は空へ引き上げられる。吹雪は呪詛のように彼女に囁く。 「もう彼のことなど忘れてしまえ」 カイが居なくなってから1週間が過ぎた。 彼といつも過ごした美しいハーブガーデンで、何かが急に彼の眼に落ちてきた時から全てがおかしくなった。優しい彼は消え、鋭い言葉を吐き暴れ続けた。来る日も来る日...
YUKIRIN
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愛は深い森に眠る

強い風が吹いていた。この身をすくい上げるような大きな風。女は一歩、また一歩と風に逆らい進んでゆく。 目的の古い教会は森の奥深くにあった。敷地を取り囲む水路には、時おり何かが跳ね藻が泳ぐ。橋は渡り終える頃、大きな音を立てて崩れはじめ、目の前で途絶えた。来た道ももう戻れない…それでもいい。私は罪を葬りに来たのだから。 やっとの思いで教会の扉に辿り着き押し開く。唖然とした。 教会の中には、成長し過ぎて建...
YUKIRIN
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この世でいちばん静かな朝

頬に何かが触れて目を開くと、もみの木の枝が重そうに雪を携えて揺れていた。 「何…?」 昨夜は温かいベッドに入って眠ったはず。それなのに、コートを羽織ってマフラーを巻いた私が気づけば雪の上で寝ている。曇った空から、ちらちらと雪は降り続き、顏の上に落ちては流れて消える。静まり返った世界、物音は1つもしない。スイートピーとベルガモットの香りだけが目覚めを促すように漂っている。まるで外界から遮断されたよう...
YUKIRIN
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アンテロスの求愛

【1545年】 ただ彼を抱きしめたかった。 自分にどれほどの棘があろうと、ただこの手に抱きとめたかった。 私の存在は、後世まで名を残すだろう。いや、むしろ凄惨ゆえに「実在した」とすら思われないかもしれない。なぜ私は生まれてきたのだろう?誰が必要としたのだろう。私は罪人を処刑するために存在する。自分への問いかけはもはや無意味だ。 昼間のように明るい稲光が、闇を切り裂くように聖堂の窓から彼女を照らした...
YUKIRIN
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肌のすきまと、すべりこむ微熱

眠りにつく前の一瞬。夢と現実の狭間。その瞬間、女に戻る。 レースのランジェリー代わりに黒の小瓶を纏う。どこまでも柔らかなスキンパルファム。肌をそっと撫ぜると触れた場所から指を熱く感じる。星が零れ落ちるように。 夢のうつつに、夜の顏を覗かせる。花びらがゆるやかに開く。大丈夫、清らかなバラが肌に寄り添うように支えてくれるから。 昼の顏は澄ましていれば良い。どんな醜さも欲望も小さなバッグに仕舞っておけば...
YUKIRIN
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ベリーベリーベリー

すれ違いざまふと足を止めた彼女の髪から、カシスの香りが立ち昇った。ぴたりと横に立ち、腕と腕の肌がひやりと触れる。 僕たちは他人であり、もう一人の自分。強い絆で結ばれながらも、人前で決して声を交わすことはできない。Secret Lover。何かをする時、ひとりは寂しい。けれど、お互いの存在を感じていれば寂しくはない。 秋は実りの季節と言う。僕らの恋は人知れず、誰にも分からない形で実り続ける。焦がすよ...
YUKIRIN