CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日を送るライフスタイルマガジン

魔法の香り手帖 ( 7 )

パフュームコンシェルジュ YUKIRINが綴る香りが紡ぎ出すストーリー。
毎月第3木曜日更新

魔法の香り手帖
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ガーデン

“これが噂の場所か…” ジョルジオは白い花々が咲き乱れる庭に居た。ジャスミンやチュベローズなど甘い香りが蜜のように濃く香り、木々と土の柔らかい芳香が後を追うよう鼻腔をくすぐる。 周囲に人は居らず、歌うような鳥の声が何処からか聞こえる。歌声は次第に近づき、気づくと背後に透き通るような美しい乙女が立っていた。声をかけようと思うが出ない。まるで忘却の泉を飲み、言葉を失ったノームのように言葉が出ないのだ。...
YUKIRIN
魔法の香り手帖
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花の嘆声

<Room TUBEREUSE> 「私ほど正直な女は居ないわよ。姉なんて少し不気味でしょ?何考えてるか分からないし。ねぇ私はあの日パーティーがあったなんて知らなかったのよ。家で寝ていたの。ともかく、このルビーは確かに私のものよ。盗んだなんてとんでもない、おばあ様から譲り受けたピジョンブラッドだもの。素晴らしいでしょう?」 彼女は一気にまくしたてると、背に這うドレスのファスナーを下ろした。途端、チュ...
YUKIRIN
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おもかげのフーガ

錆びて傷んだ床が、歩く度に苦しそうに軋む。女は古びたエプロンを外すと、ベタついた手をゆっくりと洗い、子供の頃から住んですっかり古くなった屋敷をしみじみと眺めた。 まだしっかりしている方だと思う。老いても日々の事は何とか1人でも出来るし、近所の施設の子供たちへ毎月差し入れるアップルパイも47年間欠かしていない。使い古した陶器に暖かい珈琲を注ぐ。クローブの匂いを少し足すのは、昔から私の儀式。底が少しだ...
YUKIRIN
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ビュブロスの神殿

叩き付ける強い雨は、御者の黒い影を闇夜に散らす矢のように降り注ぐ。 馬車の窓が音もなく小さく開き、強い眼差しが素早く左右へ動くと閉じた。今にも崩れそうな細くぬかるんだ道を走ってゆく。天は唸りを上げ、今にも稲妻を落としそうに怪しげに光る。石畳に差しかかり、馬はようやく速度を緩めた。 ここまで来れば安心だとばかり、橋を渡り切ると馬車は止まり、黒い外套で顏を覆った人間が数名、神殿の中へ入ってゆく。雷雨の...
YUKIRIN
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ウェットオンウェット

時に、見えすぎてつらい現実がある。 例えば、僕が努力しても勝てない成績を軽々と叩き出すヤツとか、気になる女の子が自分にまるで気がないとか、兄たちの方が明らかに父に期待されているとか。 こんなことを思うのは若さゆえ?それともちょっと神経質な性格のせい? 彼はキュッと音がしそうな程眉根を寄せ、重いカーテンを開くと眩しそうに青空を眺めた。まだそんなに高くない、穏やかな春の空だ。 この家は敷地が広く、見渡...
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0時を過ぎたヴァイオレット

―来客― 「ヴァイオレットのことを話す前に、幾つかのファクターに触れねばならない。 まず、不思議と誰も彼女を憎んだり恨んだりしない。従順で温和な女性だからではない。理知的で、考えの上で奔放な行動をとるせいか、寧ろ人を惹きつける。 次に、彼女は期待通りのことはしない。世界中を飛び回っているからね。君がこんなに会いたいと願っても、それが叶うのはきっと意外なタイミングだろう。 最後に、彼女の足跡は全て、...
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あえかなるセレーネ

―空と海をつなぐ、天地を反転させたような地平線。沸き上がる泡のような希望は、乱れた心を安らかになだめてくれる。この泡の向こうに私の愛しい人がいる― 夜明け前、必ず心はさざなみ立つ。ひそひそと恋の噂話を繰り返す若い星たちを、セレーネが小指でちょんと跳ねると少し震えて沈まる。こうして夜の秩序を保っている。太陽のように圧倒的存在感を放つ必要は無い。人々がふと見上げた時に、そっと微笑えんでいるだけで良い。...
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イロンデルの恋

大きく深呼吸をして吐き出した息は、煙突の先まで届くかに消えていった。少女は天(そら)を見上げ、姿を現し始めたばかりの星を愛おしそうに眺める。 「みんな、仲良しでキラキラしていていいな。」 そう呟くと、かじかむ指先にまた息を吹きかけ、小さなトランクから、1つの香りを手に取りそっと吹いた。ベルガモットとブラックペッパーが匂い立ち、少女は目を閉じる。懐かしい香り、父から母へのプレゼント。幸せな想い出。 ...
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天空星図と黄金の文字

夜通し歩き続けた女は、額に滲む汗をぼろ布でこすった。古い聖母像の横を通り、湿った苔で覆われた石の壁に手を触れる。静まり返った礼拝堂は、彼女を迎え入れた。 美しいレリーフ、ワックスがけされた祭壇、弱い冬の太陽を映すステンドグラス、捧げられたキャンドルたち。聖堂の椅子に座り、ぼんやりと宙を見つめていると、どこからともなく司祭の声が聞こえた。 「祈りなさい。」 女は静かに目を閉じ跪く。何処からともなくイ...
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幻想図書館

秋から冬へ変わる一瞬の夕暮れ前。太陽は肩身狭げに湿った苔の生えた路を照らす。森は煙る土の香りに満ち、キプロスのモスは雪の予感すら感じさせた。針葉樹の棘、樹木よりこぼれ落ちた栗、毒気すら放つ鮮やかな橙色の茸。その先に歩く一人の男。 男が一歩づつ進むごとに、黄金色の粒子が身体から流れ出し、帯状になってゆく。それはまるで、黄金のマントのようにゆらゆらと揺れていた。邪悪な動物たちはその美しいマントを奪おう...
YUKIRIN
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秘密と媚薬の所作と作法

穏やかな午後、集められた客人は皆、緊張した面持ちで館の主(あるじ)が現れるのを待った。“sub rosa(サブローザ)”ダイニングルームの天井に飾られた薔薇の花。他言無用、許された者のみが享受する秘密の共有。 重く音を軋ませながら扉が開くと、顔色の冴えない中年の男に介添えされ、車椅子の老紳士が姿を現す。ゆっくりと窓際へ寄り、大きく息を吸うと話し始めた。 「今宵、時が逆流する。速く進もうとする者は後...
YUKIRIN
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燃えさかれ、または一匙の儀式

<有り余るもの> 白く細い脚をぶらつかせながら、少女は秋の夜の海辺で燃える火を眺めていた。手に握りしめたクローブとマンダリンの皮を炎にパッと投げると、芳香を放ちながら焼け空中で一瞬煌めき、天に召されてゆく。これは私の儀式。 17歳。まだまだ子供だと判断される歳。大人の中では子供のふりをしていた方が楽だから丁度いい。多少の過ちも基本は寛容に受け止めてもらえる。冷めてる子と思われているから、”たまの”...
YUKIRIN