CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日を送るライフスタイルマガジン

魔法の香り手帖 ( 6 )

パフュームコンシェルジュ YUKIRINが綴る香りが紡ぎ出すストーリー。
毎月第3木曜日更新

魔法の香り手帖
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スリーフリークス イン ロンドン

男は俯きながら、メリルボーンハイストリートを一定の歩幅で歩き続ける。通り過ぎた香水店から漂う溶けた蝋の香り。大丈夫だ、気づかれていない。エレガンスが漂う街。ウェストロンドンのクールでシックなエリア。曲がりくねった路地は、尾行しやすい。 今回の依頼は、音楽家の素行調査。性別以外、顔を明かさない音楽家である彼女は、世界的なスターだ。依頼者は音楽家の恋人だと名乗った。対象者も依頼者も“女”だ。まぁ…、そ...
YUKIRIN
魔法の香り手帖
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プリモ・セコンド

彼にはそよ風が良く似合う。 黒曜石のような瞳と相対するアッシュグレーの髪色は、東洋と西洋の血の混ざり合いを感じさせる。学校で彼を知らない人は居ないだろう。美しく聡明で華やかな彼は、いつも人に囲まれている。 彼を観察するようになってから1か月。きっかけは些細なことだ。彼が何かジョークを言って、はじけるように周囲で皆が笑っている時、彼は微笑みをスーッと消して彫刻のように固くなり、やがて斜め下を向いた。...
YUKIRIN
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コントラスト

「光を浴びるほど影は強くなる」とは、よく言ったものだと思う。 柔らかな光に包まれているだけで十分幸せだったのに、自分でも気づかないうちにもっと強い光を浴びたいと願うようになる。目の前の何もかもが見えなくなるほど強い光に照らされたとき、「あぁ、私はなんて孤独なのだろう」と気づく。それでも光を浴び続けねばならない。人々の憧れとして。 朝露に濡れたジャスミンとスズランが甘く穏やかに香り、もうすぐ連れてく...
YUKIRIN
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Passion ~前篇~

白い花を見ると、ぞくぞくするのは何故だろう。 色づくことを知らないまま、一生を終える姿が清らかであり、悲しくもあるからだろうか。清らかでありたいと思ったことはあるが、清らかでいられると思ったことはない。女の戦いには勝てないからだ。 アマルフィ海岸の宝石と言われる美しい町、ポジターノのラグジュアリーなプライベートヴィラに集められた私たち女5人は、グループとしてはファッションの統一感ゼロだ。個性的で奇...
YUKIRIN
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蜜喰島

生い茂る草木を腕で払いながら進む。顔に跳ねる水滴が、汗と混じり合い頬をつたう。 物心ついた頃には父は居なかった。母は奇術の巨匠・松極斎清子の弟子として奇術の舞台に立って生計を立てていた。学校へあがると、自分がクラスメイトと少し違う環境にあることに気づいた。それは“帰省”したことがないという事だった。祖父母の存在を聞いた覚えがない。不思議と聞きづらい空気を感じとっていた。 その母が突然亡くなったのは...
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薔薇はまだ咲かない

見渡す限り、灰色の空だ。雲は厚く、陽の光は遠い。冷えた風が薄いショールの間から老女の首筋に忍び込む。 ―20年前のある夕暮れ時、玄関で物音がして私は慌てて薄いローブの胸元をかき集め出ていった。 「ローズ?帰ったの?」 そこには彼女の気配はもう無かった。慌てて落としたと見える分厚い本が仰向けに開き、スパイスのような懐かしい香りを放っていた。蹴られた男物の靴を並べ直す。きっとまたどこかで時間を潰して帰...
YUKIRIN
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香りは沈黙の言葉

あと一秒早ければ立場が変わっていただろう。 背中合わせの僕らはすべて見渡すことができるはずだったから…。 アンリは山のような書類に目を通していた。若干23歳でアヴィス家の当主である彼は、若き天才実業家としてメディアで姿を見ない日は無く、様々な分野で活躍していた。 彼は『Black Amber』と呼ばれている。漆黒の竜涎香とはよく言ったものだ。彼から香り立つ香りは独特で、世間の女たちは彼の灰色の瞳や...
YUKIRIN
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花弁のゴースト

私は自分がどんな味がするか、考えたことがない。 噛んだら甘いのか、それとも苦いのか。清涼感はあるのか、濃厚なのか。焼いたら美味しいか、レアな方が引き立つか。 目の前のナイフが間もなく自分の肌を突き、幾つか細胞を切り分け到達する手前、私はそんな事を考えていた。ペヨーテ(サボテン)を切り分けた時のみずみずしい断面のように、鮮度の高い赤色をした美しい分身が現れるだろうか。それともどす黒いものが流れ出すか...
YUKIRIN
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美しい僕

11歳 激しく波が砕け、飛沫となって頬をかすめる。じっと波間を見つめる少年の長い睫毛に、涙が浮かび上がる。エールは、今頃ベッドで眠っているであろう母と男への憎しみで、唇を強く噛んだ。 よくある話だ。エールの父親は大きな借金を残し女と逃げた。母は裕福な家庭に育ったが実家は既に落ちぶれ、身体が弱く働くことは難しかった。ただ美しかったから、複数の男から毎月一定額を受け取り、返済と生活を維持する道を選んだ...
YUKIRIN