魔法の香り手帖

Passion ~前篇~

Passion ~前篇~

白い花を見ると、ぞくぞくするのは何故だろう。



色づくことを知らないまま、一生を終える姿が清らかであり、悲しくもあるからだろうか。清らかでありたいと思ったことはあるが、清らかでいられると思ったことはない。女の戦いには勝てないからだ。

アマルフィ海岸の宝石と言われる美しい町、ポジターノのラグジュアリーなプライベートヴィラに集められた私たち女5人は、グループとしてはファッションの統一感ゼロだ。個性的で奇抜なA、フリル一杯のワンピースが不気味なB、銀座のママのような着物姿のC、飾り気のない白シャツにタイトなデニム姿のD、そしてパンツスーツ姿の私だ。

私たちは世界的な某ジュエリーブランドの、来年のコレクションに起用される日本人女性デザイナーオーディションに臨んでいる。このような一般募集は前代未聞で、世間でも随分話題になった。そして、数千人の応募者から、最終選考に選ばれたのが私たち5人だ。

募集時からブランド名は明かされていない。しかし世界的…となれば、妄想は膨らむばかりだ。1週間の合宿を経て、最終的に残った者が勝者となる。最終課題は、自由にデザインした創作ジュエリー1点の提出だった。必要な材料は好きなものをオーダーすれば値段に関わらず半日で届き、道具は全て持ち込むことができるルールだ。

私は大好きなマグノリアの香りをイメージしたネックレスを創ることにした。幼い頃、夏を過ごした避暑地の思い出。力強いマグノリアの木、ホワイトフラワーにフリージアやローズ、すずらんやピオニー。カラーストーンを使い花束のようなラグジュアリーなジュエリー。

開始から3日目の夕方。
自室からダイニングへ降りようとする私に、Bが話かけてきた。

「ねぇ、あなた花がモチーフですって?せいぜいきれいなデザインになるといいわね。でもこのブランドには似合わないわよ。」
「花って何の話?大体、どこのブランドか教えられてないでしょ。なぜ分かるの?」

私は慌てて切り返した。

「何でもなにも、知っているものは知っているってことよ。」
「それ、答えになっていないわ。」
「今からデザイン変更大変ね。私も花がモチーフなのよ。」
「えっ?」
「あなたより私はデザイナー歴も長くて、加工も得意。負ける訳ないから。」

嗤いながら去っていったBを、私は呆然と見送った。同じようなデザインだろうか…。Bは国内の大手ブランドに居た経歴がある。勝てないかもしれないが、既に作品創りは進んでしまっている。

その夜はなかなか寝付けぬまま、夜明けを迎えてしまった。緑豊かな春の庭園を窓から見下ろすと、1羽の蝶がふわりふわりと飛ぶ姿が見えた。やがて鮮やかな光が射し、色とりどりの花の上を散歩するように浮遊する姿は、まるで花の香りが匂い立つように美しかった。

小さなノックがして、私は思わずビクリとした。こんな朝早くに…。

「ごめん、寝てた?」

ドアから滑り込んできたのはDだ。私は寝付けなかったと答えた。

「そう…。皆、緊張しているしね。実は私ね、夕べ見たの。着物のCさんがBさんの部屋にこっそり入っていくのを。Bさんがディナーのためにダイニングへ降りて行った後よ。私たちは部屋に鍵がかからない代わりに、創作中のものは金庫に入れることを義務付けられている。Bさんのジュエリーを狙ったのか、それとも…。」

「妨害する以外に理由があるの?」

「BさんとCさんは手を組んでいるかもしれないってことよ。互いのジュエリーを把握し、デザインがかぶらないように調整していたとしたらどう?もしくは共作したら?共作はNGというルールは無いわ。」

「そんな…!」

「Aはアクが強すぎて何を考えているか分からない。だから私はあなたと組もうと思ったの。BとCが組んでいるとしたら、私たちも同じ勢力を持てるわ。彼女たちが潰しあっているなら、それはそれで構わないじゃない。」

最後は「さん」づけさえ無くなっている。Dはこの話をしたくて堪らなかったのだろう。聞く限り私に損は無いように思えた。Dはこの1年で急に名前が売れた新進気鋭のデザイナーで、私とは方向性も違う。共作して作品の幅を広げるのも悪くないし、共作が難しければ彼女に花畑イメージは避けてもらえばいい。

4日目の夜、私とDは互いのデザインを見せ合った。彼女はシンプルなダイヤモンドジュエリーで、私のデザインとは相容れない。違うフィールドでのデザインと確認した上で、私たちはデザインを真似ない約束をした。

既に戦いの半分の日程を終えている。最終デザインは7日目の朝、ダイニングのガラスケースに各自展示する。それが最終提出だ。

5日目は、デザインの仕上げに費やした。細かな花を丁寧に作ってゆく。Bのデザインを上回らねばならない。ほとんど眠らないまま作業を続け、6日目の15時過ぎ、ようやく仕上がった。美しく力強い、まるでそこから香りが漂うようなネックレスだ。

私はまもなく夕暮れを迎える庭へ出た。レモンツリーが吹き抜ける潮風、透き通るようなシトラスマリン。ポジターノの香りの心地よさに酔う。

ふと、庭の奥からAが姿を現した。彼女は誰とも組んでいないはず…。真っ赤なリップが毒々しいほど鮮やかで、私は少し警戒する。

「ねぇ、Eさん。もう作品は仕上がったの?」

「そうね、あらかた仕上がったわ。」

「そう。ジュエリーって不思議な世界よね。誰も買えないアート作品のようなものから、恋人たちがクリスマスに贈る売れ線のものまである。でもわかっていることは、必要なところに必要なものを届けられるのが一流ブランドということよ。」

さらりと髪を揺らし、Aは去っていった。私は落雷が落ちたような気がした。

私は間違った。間違ったんだ。どうしよう、もう間に合わない!

(後篇に続く)


■パルファン・ロジーヌ・パリ
『マグノリア・ド・ロジーヌ オードパルファン』
50mL ¥13,000+税
株式会社フォルテ
Tel.0422-22-7331
http://www.forte-tyo.co.jp/

■ラルチザン パフューム
「シャッセ オ パピオン オードトワレ」
100mL ¥17,000+税
ブルーベル・ジャパン株式会社 香水・化粧品事業本部
tel.0120-005-130(10:00~16:00)
http://www.artisanparfumeur.jp/

■FLORIS
「FL オードパフューム ベルガモット ディ ポジターノ」
100mL ¥28,000+税
フローリス(ハウス オブ ローゼ) tel.0120-16-0806
http://www.floris.jp

著者プロフィール

YUKIRIN
YUKIRIN美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラー
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。

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