33歳くらいまでは、私はあまりグリーンノートやシトラスノートに惹かれることがなかった。メゾンフレグランスを愛用するようになったのは20代後半の頃だが、「ライトでも重さがあっても透明感のある香りが好き」という方向性は今も変わらないものの、その頃はメゾンフレグランスらしい凝った重さのある香りに魅力を感じていたのかもしれない。
メゾン フレグランスを色々愛用するようになって2~3年経った頃、急にグリーンやシトラスの香りの魅力が分かるようになった。というよりは、シンプルな香りでも上質なものには大変な技術や経験が込められているのだと、理解できるようになったタイミングだったのかもしれない。シンプルなファッションも、素材の良さや繊細なカットなどで上質さを感じることができる。そして纏う人のポテンシャルも大きく関係する。言うなれば「シンプルラグジュアリーな香り」の魅力は、様々な経験をしてきた大人だから気づくことができるものとも言える。
先日、英国発のラグジュアリーフレグランスブランド「ミラー ハリス」の新作「ミラー ハリス セラドン オーデパルファム」(以降、「セラドン」と表記)、我が家の香水棚に加わった。本国共にベストセラーの香り「スケルツォ」に続く、ストーリーズコレクションの香りとして「スフロ」と共にラインナップに加わった。このコレクションは、著名な文学作品の1ページ、1節を調香師が受け取り、そこからイメージする香りを創り上げるというユニークな手法を用いている。「スケルツォ」はF・スコット・フィッツジェラルドの「夜はやさし」から生まれた香りで、「スフロ」はアーネスト・ヘミングウェイの「日はまた昇る」から生まれた。
「セラドン」は、中国の古典で曹雪芹の『紅楼夢』の一節から生まれた。それはこんな一節だ。
日が傾き、草が冷たく青白くなり、両開きの扉を閉じる。
にわか雨の後、青い苔が鉢を覆い尽くす。
それは翡翠のごとく麗しいが、汝の無垢さにはかなわない。
白雪のように汚れのない汝の姿に、我は感動し、言葉を失う。
汝のすらりとした、匂い立つような姿は、繊細で気品にあふれている。
月が第三の刻に達すると、汝の美しい影が姿を見せ始める。
無垢な妖精のように羽を羽ばたかせ、飛んでいくなど、決して言わないでおくれ―曹雪芹『紅楼夢』
この香りは、トップから溢れんばかりのアロマティックなグリーンノートが美しい。それはトマトリーフの青々しさにセイロンティーが、草原と翡翠石を感じさせてくれる。ベジタル香料はここ数年でトレンドの1つでもあるが、陽光の中で輝く畑をイメージさせる香りとは違い、「セラドン」では月の幻想的な光の中で輝く翡翠色のセラドン(青磁)の躍動感を表現しているのがユニークだ。
夜を感じさせるグリーンノートは珍しいように思う。そしてカルダモン、バーベナ、バジルローズやマテ茶がアロマティックスパイシーでみずみずしい印象を与え、やがて露に濡れたローズと、ラベンダー、チュベローズ、マグノリアのフローラルが匂い立つような姿で立っている「汝」を想起させてくれる。苔むした鉢を表現するためにモス(苔)の香りを調合したと、調香師カリーヌ・ヴァンション・スぺナーは語っています。
例え『紅楼夢』を未読であろうとも、その光景が浮かんでくるような繊細で美しい描写が香りとして形を変えた。私は、また美しいグリーンノートとの出会いにうれしくなった。
【掲載商品】
■ミラー ハリス
「セラドン オーデパルファム」
100mL ¥33,990
インターモード川辺 フレグランス本部
Tel. 0120-000-599
https://millerharris.jp/