私の嗅覚を守って

先日、生まれて初めてコロナウイルス陽性の判定を受けた。私はこの夏でもマスクをして出歩いていて、場所によっては自分しかマスクをつけていないこともあったりして、少々気恥ずかしい時もあるが、自分はかかるわけにいかないからと割り切っていた。イベント出演など、自分の代理が居ない仕事が多いということもあるが、何よりコロナによって「嗅覚に影響を及ぼすこと」だけは避けねばならないと思っていたからだった。

昨年、ラグジュアリーフレグランスブランド「HEELEY / ヒーリー」のブランド創業者であり調香師である、ジェームス・ヒーリー氏にインタビューをする機会があったのだが、彼はコロナにより嗅覚にダメージを受け、回復までに時間がかかった。調香師が嗅覚に影響を受けることが、どれほどの絶望と苦しみだっただろうか。その話をしていた時にジェームス氏の暗い表情と重い口調は、今でも忘れられない。彼は回復するのに3～4か月かかったという。

私は香りのクリエーターではないが、匂いが分からなくなることは、香水ジャーナリストとしての仕事に直結してしまう。それだけは避けたいと、この数年コロナを必死に避けてきたのだ。しかし、今回、夫がかかってしまったことで、看病をしていた私もかかってしまった。避けられなかったことだ。

病院で陽性の判定を受けた時、実は私は37℃程度の発熱で、楽観視していたところがあった。ところが、その夜から39℃の熱が出て、それが3日間続いた。ガクガクと震えるような寒気、暑くて朦朧とするようなだるさを毎日繰り返し、身体全体の関節が痛んだ。その週に入ってした仕事は、全て断らざるを得なかった。その中には、大事な出張や、イベント出演も含まれており、とても悔しく、申し訳ない気持ちだった。

39℃の高熱が続いた3日間、私は毎日朦朧としていたせいで、味覚や嗅覚に影響が出ているかということすら、あまり考えていなかった。ただ、考えなかったということは、味覚には影響がなかったのだと思い、改めて全く味覚への影響がなかったことを認識した。

次に嗅覚だ。どうか私の嗅覚を守ってと、必死の想いだった。私は香水棚まで行く元気がなく、陽性になる前日につけていたテーブルの上に置いてあった香水のキャップを開けた。それは、FUEGUIA 1833の「ラ　カウティーバ」という香りだった。日本上陸した後、私は比較的早い段階で「ラ　カウティーバ」を購入し、それ以来緩くリピートを続けている。甘くグルマンな要素がありながらも、どこかスリリングなこの香りは、私がFUEGUIA 1833の中で一番使っているものだと思う。

馴染みがある香りだからこそ、そして濃度も高いブランドの香りだからこそ、この香りがわからなかったら、少なからず嗅覚に影響が出ているということになる。私はスプレーする勇気が出ず、一旦はおそるおそるキャップを外し、まずはボトルを鼻に近づけた。

「あ、ちゃんと、ラカウティーバの香りがする。」

頭の中で描けるほど知っている香りというだけでない、きちんと目の前、鼻の前にある現実。良かった、嗅覚はゼロではない。次に、肌にスプレーをしてみた。

ところが、あまり強く感じない。しっかりと香るはずの「ラカウティーバ」が弱弱しい。一瞬焦ったが、これは単純にコロナによる鼻づまりが原因だったため、数日経てば回復した。

コロナにかかったという知人は、香水の販売の仕事をされていて、嗅覚に影響が出たことが大変だったそうだ。また、私がコロナにかかったとSNSで知った方々も、私が嗅覚で苦しんでいないか心配をしてくださっていた。コロナウイルスにも色々種類があるからなのか、たまたま耐性があったのか、幸い私の嗅覚は影響を免れた。どんな高熱より、これが本当にありがたかった。

しかし、かかってみて私は、インフルエンザよりも断然コロナの熱がつらかった。個人的にはノロウイルスと互角くらいだったか、コロナが少し上回る。特効薬も無く、風邪のように治すしかないのも、回復に時間がかかってしまう。現に、咳や胸の鈍痛は、今も消えていない。

まだまだ油断はできない。皆さんもどうぞ、お気をつけて。