魔法の香り手帖

コントラスト

「光を浴びるほど影は強くなる」とは、よく言ったものだと思う。
柔らかな光に包まれているだけで十分幸せだったのに、自分でも気づかないうちにもっと強い光を浴びたいと願うようになる。目の前の何もかもが見えなくなるほど強い光に照らされたとき、「あぁ、私はなんて孤独なのだろう」と気づく。それでも光を浴び続けねばならない。人々の憧れとして。

朝露に濡れたジャスミンとスズランが甘く穏やかに香り、もうすぐ連れてくるはずの初夏の清々しい息吹を感じさせる風。湿り気を帯びた明け方の香気の中、私は様々なポーズをとっていた。シャッター音が静かに響く。

「OK、シルヴィ。」

カメラマンはレンズを下げ、後ろで見守っていたスタッフもホッと表情を和らげた。数か月後に発売される私の新曲のジャケットだ。14歳の頃、ティーン誌のファッションモデルとしてアルバイト感覚で始めたこの仕事は、モデル、歌手、女優、タレント…と、今となってはもはや境目が分からないほど広範囲にたった5年で広がり、私は昇りつめた。

世間では、私を支持してくれる人たちが大勢いる。憧れだともてはやされ、同じくらい嫌いだとも騒がれ、行ってもいない場所で目撃情報は生まれ、発言は一部だけを切り取られ、身に覚えのない熱愛報道で追いかけられた。
社長は、最近よくこう言う。

「スターは生まれるものじゃない。作るものだ。」

撮影後、移動車の中から、私はぼんやりと外を眺めていた。毎日、睡眠時間は2時間くらいだから、移動中くらいは寝ないといけないのに、神経が高ぶって眠れない。少し窓を開けると、目の前にはまぶしいほど光を反射するスイーツショップのウィンドウがあった。ブラッドオレンジやタンジェリンやバニラの甘くジューシーな誘惑に、思わず口角が上がる。甘いものなんて、私は食べることはできないのに。

店の前でひらひらと、斑入りの常緑樹が揺れる。生まれなおしたら、同じ道を選ぶのかな…。思いを巡らしながら、彼女はいつの間にか眠りに落ちた。

「着いたわよ。」

マネージャーに揺り動かされ、ハッとする。15分くらい寝ていたようだ。

「この後、なんだっけ?」

最近、自分のスケジュールがもう覚えられない。入っては消え、また入って、目まぐるしく変わるスケジュールを追うだけ無駄に見えて、明日は何時に迎えが来るかだけを確認するようになった。昔からの友達とは会う時間もないし、約束してもドタキャンばかりで申し訳ないし、いつの間にか疎遠になってしまった。SNSで友達のように写真を撮っている相手は、本当はよく知らない。

家に着いたのは深夜2時をまわった頃だった。深夜のお笑い番組のゲストが最後の仕事。一生懸命笑っていたつもりだけど、何がおかしいのか全然わからなかった。「来月公開する映画の宣伝だけは絶対ね!」とマネージャーに念を押されたのは覚えている。でも、大丈夫。私がミスったって、司会者がしっかり映画の話題を振ってくれるし、テレビで見れば私はおなかを抱えて大笑いしているように見えるはず。

毎日が輝けば、自分も輝けるような気がしていた。本当の私は…本当の私は、どこにいるんだろう?家に居ても誰かに覗かれたらと思うと、朝も昼もカーテンも開けたくない。毎日が真っ暗な部屋。今夜は、漆黒の闇の中に、鮮やかなインクたちがいくつも浮かび上がる。そのインクをペン先につけて、私は手紙を書くようにSNSを更新した。

「あのね、今日は前から出たかった雑誌の表紙撮影だったよ。
リリーちゃんと一緒だから、再来月発売されたら見てね。
がんばってってみんなが言ってくれるから、わたしもがんばれたよ。
とってもいい写真になったと思う!
うれしいことって続くんだね^^ リリーちゃんとスタッフさんたちと、
しっかりとごはんも食べたよ♪最近痩せすぎじゃない?ってみんな言うけど、
肉が結構ついてきたから、安心してね。
まだまだたくさん書きたいことがあるけど、今日はこのへんで。
すてきな夜をお過ごしください☆彡」

夢の中では黒いチューリップと、ライトピンクの雲のように咲き乱れるピオニー、繊細なモーブカラーのローズ、グリーンヒヤシンス…色鮮やかな花が私の体の横を通り過ぎていく。異国へ運ばれていくような不思議な感覚で、現れてはまた消え、私は大きく呼吸をし続けた。サフランとレザーの強い香りに押され、言葉は何も出てこない。強い光が迫ってくる。あぁ、あれはスポットライトね。今にもぶつかりそう。撮影だわ、誰かが大声で呼んでいる、行かなくちゃ…。

青みを帯びた夜明けの空気が残る田園地帯は、自然が競うように生い茂り、その力を見せつけるように強く主張していた。道を曲がると突如現れるブラックベリーの樹々と果実。見えなくても香りで感じられる。熱風の前のひととき。

あれから1年が経った。私が最後のSNSに残した文章から、あのメッセージに気づいたファンが大騒ぎしコメント欄は即座に炎上した。マネージャーが騒ぎに気づき部屋へ踏み込んだ時、私は窓ガラスに自ら頭を打ち付けて割り意識を失っていた。割れたガラスが首や顔を切り血だらけではあったが、頸動脈はかろうじて避け一命をとりとめたらしい。しかしながら、左目の光を失った。細かいガラスが目の中に沢山入ってしまったのだ。

正直なところ、事件前の2~3年のことは、今はあまり覚えていない。夢の中にいたような気がする。自殺未遂だと世間は大騒ぎになり、ほどなく私は引退した。沢山の人が離れていった。事件後、色々連絡してきた人も、今はもう居なくなり、次第に世間は私のことを忘れていった。

すべてに意味があるならば、私がこうして今を生きる理由も見つかるだろうか。

夏の日差しが強く照り付け始める。
彼女の左目にはもう感じない、強いコントラストを描いて。


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著者プロフィール

YUKIRIN
YUKIRIN美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラー
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。

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