自分がそれほど魅力的だとは思っていない。青白い肌にはそばかすがあるし、日光浴をしても赤くなるだけで、こんがりと焼けない。思っていたほど胸も膨らまなかった。グラマラスな姉のようにはなれないに違いない。
17歳は特別な歳だ。
そう言ったのは誰だっただろう。もし本当だとしたら、この不思議なやるせなさは何処から来るのだろう。いつまでも守られていたいのと同じくらい、誰にも守られたくない。本音を知ってほしいけれど、誰にも知られなくない。
クラスメイトのルカはいつも教室の窓辺に立ってぼんやりと外を見ている。それは彼の放課後の日課で、私はその横顔をこっそり観察するのが好きだった。透き通るほど白い肌に、スッと伸びた首筋。黒目がちの瞳は、東洋の血も感じさせる。どことなくいつも困ったような顔をしている。何かに悩んでいるように神経質そうに。
『いつも外を見ているのね。』
ある日思い切って声をかけてみた。彼は誰に話しかけられたのか気にも留めず、振り返ることすらなくこう言った。
『なにもみてないよ。』
私は初めて、彼が景色を眺めているのではないと知った。彼は彼の心の中を見ているのだ。それを知った瞬間、私の中で繊細に開花する蕾を感じた。彫刻のような横顔を眺めているだけで、白く妖艶に開き始めるマグノリア。そのうっとりするような感覚には抗えず、少しだけ内側が震えている。彼の視界に入りたい。ジャスミンの蜜が溢れ出し、白い花は赤く染まってゆく。まるで水彩画。初めてのセンシュアリティ。
あの日、自分の中に感じた衝撃と、私はどう向き合うか悩んだ。その答えが見つからないまま何日も過ぎていった。そんな折、姉が誘われた御曹司の昼食会に連れて行かれることになった。どうせ付き添いだと辟易していたが、訪れる家のことを聞いていてもたってもいられなくなった。それはルカの家だったからだ。
正確には、姉を誘ったのはルカの兄たち2名で、他にも女性は何人も招かれているという。外界とは切り離されたような森に囲まれたその家は、この街に住む者なら一度は入ってみたい場所だ。姉は浮かれていた。御曹司に見初められるかもしれないと。
夜、ベッドの中で、私は想いをめぐらせる。ルカは昼食会には居ないのだろうか。教室で見ることのできない、彼を知りたい。もっと知りたい。
気付くと私は砂漠の上で寝ていた。澄んだ夜風が微量の砂をはらみ、頬を撫でていく。そっと身を起こすと、1滴のしずくが空から唇に落ちて滑り込む。しずくは柔らかなバニラの香りを放ち、やがて私の身体の中でフレッシュなイランイランの芳香へと変化し、奥底へ沈み込んでゆく。上質なビロードのような肌にスパイスが降りかかると、地面から煙が上がる。次第に煙は強くなり、私の身体を包み込んだ。目の前は砂嵐…。
瞬間、目覚めた。汗でじっとりとした身体を、落ち着かせるように抱きしめた。
窓の外、月が白く微笑んでいる。
あくるの日の昼頃、私は姉と家の外で迎えの車を待っていた。ルカの兄たちが寄越した車だ。姉はいつもより念入りに着飾り澄ましていたが、心の中では浮足立っているのが手に取るように分かった。
―そんなんじゃ、お姉ちゃんには高嶺の花は射止められないよ。本音をコントロールできてこそ悪女なんだから。
まだ早春の肌寒さはあるものの天気が良いからということで、昼食会は敷地内の草上でピクニックのように行われることになった。ルカの兄たちは最初は紳士的だったが、そのうち酒が進み、招待した女たちと戯れ始めた。私は巻き込まれないように宴の端へ移り、敷地内にルカの姿が無いか観察していた。
15時を回り、そろそろ昼食会も一旦お開きになりそうな時、ふと顔を上げると館の中でカーテンをギュッと握って窓辺に立つルカの姿を見つけた。兄のひとりがボトルを飲み干し、女たちの中へ倒れ込む。私は邪魔されたくない一心で、身じろぎもせず窓を見上げ続けた。しかしながら、太陽の光が反射し眩しくて、ルカが私を見ているかどうかは分からない。あぁ、これは賭けね。
ブロックチェックの布の上に置かれたブラックチェリーをつまみあげると、私はゆっくりと唇へ運んだ。窓を見上げているから、ブラックチェリーの果汁が首筋に垂れているのも気付かなかった。太陽が少し角度を変え、窓の反射が消えると同時にカーテンが締まるのが見えた。絶望的。
たまらず私は館の中へ駆け込んだ。ルカの姿があった部屋まで見当をつけて走る。人に気づかれてはならない。小さく素早くノックをし、少し開いた扉へ身体を滑り込ませた。
驚いた表情のルカがそこに居た。ホワイトフローラルの香りが漂い、黒曜石のような瞳がキラリと輝く。私はブラックチェリーで汚れた唇とワンピースの胸元を少し恥じながら、彼から目を離さずこう言った。
「さっき、見てたでしょ。」
ルカは何も言わない。少し動揺したように目をそらそうとする。そんなに私に興味ない?
「私を見ていたか、見ていなかったか。どっちなの。」
「…見ていたよ。」
彼から私の姿は見えていた!誰にも邪魔されたくない。私は後ろ手に部屋の鍵を閉めた。
ゆっくりと彼へ近づいていく。私をあなたの視界に入れて、ちゃんと見て欲しい。
彼は昂る感情に色を重ねて、平静を保とうとしているように見えた。まるで濡れた色の上に色を重ねるウェットオンウェット。でも私は違う。濡れた色の中に、滲み出る蜜が香りを通じて広がる、ウェットインウェット。
唇についたブラックチェリーの果汁を舐める。肌に残るホイップドベリームース。私たちの色は上手に混じるかな。そう思った瞬間、ホワイトフローラルの唇が重なった。
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■ブルガリ
『ブルガリ スプレンディダ マグノリア センシュアル オードパルファム』
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ブルーベル・ジャパン株式会社 香水・化粧品事業本部
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