眠りにつく前の一瞬。夢と現実の狭間。その瞬間、女に戻る。
レースのランジェリー代わりに黒の小瓶を纏う。どこまでも柔らかなスキンパルファム。肌をそっと撫ぜると触れた場所から指を熱く感じる。星が零れ落ちるように。
夢のうつつに、夜の顏を覗かせる。花びらがゆるやかに開く。大丈夫、清らかなバラが肌に寄り添うように支えてくれるから。
昼の顏は澄ましていれば良い。どんな醜さも欲望も小さなバッグに仕舞っておけば良い。けれど、夜と香りがあなたを解放する。女であって良い。求め奪って良いと囁くのだ。
女たちよ、自由になれ。
彼の鎖骨はまるで女性のようにどこまでも繊細だ。そっと人差し指でなぞってみる。
日焼けしていてもなめらかにしっとりと吸い付くような肌。
ニットの胸に顔をうずめると香りが出迎えてくれる。この香水の柑橘類やハーブのみずみずしさと、スパイシーな力強いエッセンスの対比は、ともすると不機嫌にも見えてしまいそうなクールな横顔と、笑った時に下がる目尻に似ている。
雨上がりの水たまりには、私たちの影と街灯が揺れ、空を見上げると秋の星座が煌めいていた。踏み石を渡り、公園のベンチに座る。ポケットの中でぎゅっと手を握りあう。明日も会えるように願う。
恋は香りと同じくらい不確かだ。でも飛び込んでみる勇気が、未来を変える。
彼はそっとジャケットを彼女の細い肩にかける。二人の吐く白い息は10月の夜空にゆっくりと消えていった。
立ち昇る紅い1本の煙は、まるで竜の尾のようにゆるやかな弧を描きながら、地上高く舞い上がり、空へ吸い込まれるように消えてゆく。
彼はその煙に足をかけると、少しづつ地上から昇っていった。熱を帯びた煙を両手で掴むと、身体の隙間に入り込んでゆく。そして、じりじりと昇ってゆく。
何時間かかけて、あと少しで空に届くという頃、煙はサッと途切れ、今度は地底へ引きずり込むように落ちていった。重力に任せ、ただただ落ちてゆく。声も出ない。激しい空気の音と風が落下していることを感じさせた。
地面に叩きつけられる!そう思った瞬間、身体が何も痛くないことに気が付いた。ギュッと閉じていた目をうっすら空けてみると、彼女が微笑んでいた。
天国と地獄は表裏一体。
愛する歓びと、愛する憎しみは1本の煙でつながっているのだ。時に舞い上がり、時に落下して、人間はそれでも愛を探す。
その煙はきっとユリの花とインセンスの香りで満ちているだろう。PASSAGE D’ENFERのように。
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