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私のごきげんな毎日

【ワークスタイル】紅茶があればコミュニケーションを生み出せる 吉池浩美さん(紅茶専門店「mimi Lotus」オーナー)

大人女子のおしごと事情

CheRishの大人気コーナー「Chai★77」を連載中の吉池浩美さん。鎌倉で紅茶専門店「mimi Lotus(ミミロータス)」を開いて今年で13年になります。6月末には店を閉め、約1年間ネパールへ渡ることを決意しました。紅茶との出会い、修行時代、そして今。吉池さんのこれまでとこれからを聞きました。

きっかけは不登校

――吉池さんは自由学園卒業後、日本での紅茶の第一人者、磯淵猛さんのもとで修業され、その後鎌倉にご自分のお店を開きます。CheRishではチャイレシピの連載をしてくださいましたが、チャイとの出合いはいつだったのですか?

きっかけは30年前です。私、中学校に入学してから不登校になったんです。人の中に入っていくのがすごく苦手で。その時両親が、「この子は日本のこの世界しか知らない。もっといろいろな場所を観た方がよいのでは」と、親戚のいるネパールへ送り出したんですね。向こうに父の従兄がいたので、そのおじさんのところで3か月くらい暮らしました。

ネパールの村にいる子どもたちは、家の手伝いをするため、週3日くらいしか学校に行けません。本当に嬉しそうに学校に行く彼らを見て、私もちゃんと学校に行かなきゃと思いました。

向こうでトレッキングをしたときに、シェルパの人たちがその辺の川の水でチャイを作ってくれて、とってもおいしかったんです。それがチャイとの初めての出合いです。

――紅茶の仕事に就こうと決めたのはいつですか?

高校1年の時です。クラスメイトに「将来何をやりたいの?」と聞かれて、紅茶屋だ!って。
心のどこかに、中学時代のチャイとの出合いのことがあったのだと思います。

高校から学校の寮で暮らしていたので、寮の近くの本屋でその後の師匠である磯淵の本を見つけました。その本の中にあった「紅茶は飲物ではない、コミュニケーションのツール」という考え方にすごく共感したんです。
それで、磯淵に会いに鎌倉のお店へいきました。

カウンターに座って「紅茶屋がやりたい」と話したら、「いいじゃない」と言ってくださって。とにかく夢を追うことはすごく大事だってそこで教えてもらいました。
その後、年に1回鎌倉に通って、短大卒業後に、磯淵のお店「ディンブラ」で正社員を募集していたので応募して入社しました。

――そこで10年修行されたんですね。

具体的にはお店で働いたのですが、入社2か月で当時の店長が辞めて、いきなり私が店長に。
「最後は私が責任をとるから」と磯淵に言われて、やるしかない!と。それから10年間店を切り盛りしました。

それまでアルバイトもしたことがなかったので、失敗もしました。
「この日までにダージリンの茶葉を届けて」とお客様から頼まれていたのに、何かのミスで発送から抜けてしまって、電話ですごく怒られたこともあります。「来なくていい」と言われたけれどご自宅まで持って行きました。そしたら「本当に来たの?!」と驚かれましたけれど。

磯淵の教育は、「“店と人”ではなく、“人と人”を大事に」だったので。

開店6年目に起きた震災

――自分のお店を出すことはずっと考えていたのですか?

長年ディンブラで働いて「人の店でこれだけ大変なのだから、自分の店なんてとても持てない…」と思うと同時に、私の店だったらこうしたい、こういう食器を使って、こういうメニューで、と考えている自分もいました。それで就職して8年目くらいの時に、10年で一区切りかなと思い、独立を考え始めたんです。

磯淵からはのれん分けの前に、100品オリジナルレシピを持ってきてみて、と言われて。夜、店のキッチンを借りていろいろ作っては試食してもらい、OKが出ると次、ということを1年間くらい続けましたね。

ひな祭りにはこんなポップなチャイも

 
イチジクの台湾風プリンをつくったら、磯淵に「なんかこれ、雑巾みたいなにおいがする」と言われたこともあって(笑)。香りに厳しい人だから「雑巾みたい」って一番ひどい時に言うんです。そうするとくやしくて、「絶対OKもらうんだ!」と頑張りましたね。このときに、自分の経験や旅の景色からレシピをつくっていくトレーニングができたんだと思います。

――鎌倉に「mimi Lotus」を開店。お店は最初から順調でしたか?

いえいえ。もう本当にきつくて。ディンブラでのやり方しか知らないから、最初からスタッフを雇って始めたんです。5年目くらいまでは続けていけるかどうかずっと不安でした。最初はディンブラのお客さんが来てくださって。それからだんだん1度来たお客さんがまた来てくれて…と。鎌倉の方は舌が肥えているから厳しいんです。

閉店まであと数日。
約13年間続けてきたmimi Lotus店内

 
なんとか続けていたのに、開店6年後の2011年に東日本大震災が起きました。あの時に計画停電があって「もう続けるのは無理」と思いました。でも周りを見たらみんな大変そうで。じゃあと、電気が通っている間に焼けるだけワッフルを焼いてテイクアウト。ガスは通っていたのでスコーンをたくさん焼いて、店の下(店はビルの2階)で売ったらたくさんの方にご購入いただけて、なんとか続けられました。その後もお客さんが減ってどうしようと思ったときは「あの時を乗り越えたんだから」と思えるようになりましたね。

経営の苦しさは、いつもディンブラと比較してまだまだだめだ、と思っていたから、という部分もあります。震災後から、旅好きな私の料理セミナーなどオリジナルの企画を始めて、その手ごたえもあって続けるエネルギーがもらえたような気がします。

6割の見通しがたったら、行動に移す

――そして開店13年目の今年、一度お店をクローズする決心をされます。それはなぜでしょう?

私はとても旅が好きで、アジアを中心に毎年必ず旅行をしてきました。そこでの経験をもとに旅行記をつくったり、現地のレシピをアレンジしたり、再現するセミナーを開いてきたのですが、やりがいがあると同時に負担にもなってきて。旅行に行くのは、ただアジアの空気に触れたいだけなのに、行くとどうしても仕事のことが頭にあって、レシピ覚えなきゃ、写真撮らなきゃと。それがだんだん苦しくなってきたのね。

去年、ネパールに行ったんです。実に30年ぶりに。普段チャイづくりに使っている鍋を持って行って、向こうのチャイ屋さんで火を借りて作って、ネパール人に自分のチャイを飲んでもらおうと計画しました。店主のかっこいいおじさんがいたカトマンズの路上のチャイ屋にお願いに通ったけれど、最初は全然相手にされなくて。

ネパールにて

 
その後ほかの地方に行かなくてはならなくて、数日通わなかったら、常連さんが「あのジャパニーズはどうした?」と心配してくれたらしく(笑)。それでまたカトマンズに戻ってきて交渉に行ったら、お店の火を貸してくれました。私のオリジナルレシピで、チョコレートや山椒などを入れたチャイをふるまったらみんな「おいしい」って飲んでくれました。店主のおじさんからは私の鍋がほしいと言われて、思い入れもあったけれどこれも何かの縁と思い、渡してきました。

ネパールでチャイを!
夢が叶った吉池さんはまた次の夢に進みます

 
帰りの飛行機で、いつもなら来年行く国がすぐ浮かぶのですが、この時はまったく浮かばなくて。これはもうネパールだなと思ったんです。向こうで自分が作ったチャイを出して「おいしい、お前も一緒に飲もうよ」と言ってもらえました。まさにチャイがコミュニケーションのもとになっているのを見て、もっとやりたいって思ったんです。商売ではなくて修行を。13年間、お店を続けていたご褒美みたいな感じで。鍋一つあれば世界中どこでもコミュニケーションを生み出せる、そういうスタンス、自信とか度胸をつけたいと思いました。

――大きな決断。その行動力はどこから?

行動ってすごく大事です。私はこれまでの経験から、6割の見通しが立てられるのであれば行動すべきと思っています。それより少なければ考える余地あり、それかやめるか。完全な準備なんてありえないのに、ほとんどの人は準備の段階でやめてしまう。6割の見通しが立てられたら、行動に移してみたらいいと思います。

――帰国後の事は考えているのですか?

次はもっと小さくて、一人で切り盛りできるチャイのお店がしたいなと思っています。
店だけに限らず、呼ばれたら出向いて紅茶の入れ方や、料理の教室をしたり。コミュニケーションを生み出す場や機会をつくっていきたいですね。

毎回キャンセル待ちが出るほど大人気だったワークショップ

 
中学時代、人の輪に入れなくて不登校になって、私はずっと自分は人が嫌いだと思っていました。もの作りは好きだから、お店も自分が作ったものを出す場所と考えていて、それに共鳴してくれる人がいれば十分。店を拡大しようとか、もっと稼ごうという経営には興味がなくて、生活できればいいと思ってやってきたんですね。

でも、こうした経験を通して思ったのは、実は私、結構人が好きなんだなって(笑)。だからこれからも、紅茶を通して人とつながれるようなことをしたい、と思うのかもしれません。

フリーライター菅原然子(すがわらのりこ)
大学で数学、大学院で教育社会学を専攻後、月刊『婦人之友』(婦人之友社)、月刊『教員養成セミナー』(時事通信出版局)等の記者・編集者を経て独立。
人物インタビューや教育関連記事を中心に、多分野の記事を書いています。
夫婦+コドモ2人(♀)の4人家族。
趣味はチェロを弾くこと。
動物と、文字と、音楽をこよなく愛するもの書きです。
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