CheRish Brun.(チェリッシュブラン)

好きと心地よいがつくる、私らしく楽しい暮らし

不言色(いわぬいろ)の恋模様

約 6 分

強い風が吹く海岸沿いを、僕は自転車を押しながら歩いていた。どこか春の緩んだ気配が混じった海のしぶき。溶けてしまいそうな、ミネラルアコードが香る。

いつしか先生を思い出していた。胸に残るに苦い痛み。細長い手足や風になびく長い髪。どこかアニマリックでフレッシュな匂い。不透明な濁りが色っぽい。

彼女に対等に思われたいが余り、わざと敬語をやめ、気を引くような言動をした。とにかく見て欲しかった。彼女の視界に入っていることが幸せだった。でも、先生はしっかりと想いを断ち切れるように突き放してくれた。やりきったからだろうか、今は清々しい気分だ。

潮風をはらんだコートを翻して、学校に戻った僕は練習室で思い切り鍵盤を鳴らした。僕が今没頭できることは、音楽だけ。

いつかまた、誰かに恋できるだろうか。
その時は、今よりももう少し器用に相手を想い、尊重したいな。


人を裏切ったことがあるかと聞かれたら、イエスだ。

子供の頃から毎日、私は気が狂いそうなほど音楽と向き合ってきた。過度な期待は、きっちりと決められたレールで、それを踏み外すことは決して許されなかった。

大学に入ると、一人でピアノに向かい練習しているところを、大勢の男子学生がよく見学に来た。皆、見ているだけ。暗黙のルールのように、話しかけてくることはなかった。それを破ったのが彼だ。

彼は私が行く、あらゆるところに出没した。そして、隣に必ず座り話しかけてきた。彼は私とは専攻が違い、舞台作家を目指していた。音楽と舞台について熱く語っている彼は新鮮に見えた。私たちはいつしか付き合い始めた。

心が折れそうな練習も、夜中に彼の声を聞けば乗り越えらえた。自分は思っていた以上に、孤独だったのだ。長年の孤独を癒すように、私は彼に依存していった。

1年が過ぎた頃、私は学部長から呼び出された。海外のエージェントと大学が提携し、プロの芸術家になるためのサポートをするプログラムを組み、優秀な生徒を1名送り出すことになったと。候補は私と、なんと彼だった。最終的に、立候補するかどうか、1週間後返事をくれと言われた。

彼をライバルと思うことなどできない。でも、またと無いチャンスだ。立候補したい。彼も、同じ思いだろう。ある日カフェで、彼が手洗いに立った時、彼の携帯がテーブルの上で鳴った。それはメールの受信音で、送り主に学部長の名前がチラリと表示された。私は…そのメールを開いてしまった。

「君の考えはわかった。立候補の件、最終的な意向として受け取るよ。」

と書いてあった。やっぱり彼は立候補したのだ。私は迷ってまだ立候補していなかった。二人できちんと話し合ってもいないのに!怒りと嫉妬で私はいてもたってもいられなかった。そしてメールに返信した。

「学部長さま、立候補の件は辞退で最終結論とさせてください。」

送信したメールは削除した。

1週間後、私はプログラムを受ける生徒に決定した。自分の野望を選び、大切な彼を裏切ったのだ。後ろめたくて、顔を見るのが苦しくて、以来彼には会わなかった。

数か月後、空港で両親や学部長に見送られ、私は旅立つ時を迎えた。

『いや、立候補が君だけで良かったよ。悩まずに済んだ。しかし、何故あいつは2回も断ってきたんだろうな。よっぽど君を行かせたかったんだな。』

学部長の言葉に、私が全身の毛がさざ波立つほどの寒気に襲われた。
2回も断った?彼は、最初から断っていた?私に行かせようとしていた?
ウソよ、そんな…。何故、何も言ってくれなかったの…!


彼は私に何の興味も示さない。

いつもどこか苦しそうで、誰にも冷めた態度で、愛想も無い彼。知ってる、彼が笑顔になるのは先生を見ている時だけ。

先生が講師としてやってきたのは、私が2年の頃だった。先生はこの大学出身。海外でピアニストとして何年か活動し、新進気鋭のプロとして人気があった。しかし、不慮の事故に遭い、以前と同じようには弾けなくなってしまったらしい。帰国したところ大学が講師として迎えいれたと噂で聞いた。とても綺麗な人だ。細い手足に、つややかな髪。女の私でも、思わず見惚れてしまう。

でも、目の奥はいつも水底のように暗い。彼は先生のそんなところが好きなのかな。私はよく友達から「何も悩みがないでしょ!」と言われてしまう。赤い実がはじけるような、カラフルでジューシーなのが私。それが私らしさ。それだっていいよね?

今日も彼は、想いが溢れ出すような音で奏で続ける。彼のタッチは温かい。内面が滲んでいるように感じる。練習室の外で、窓にもたれて彼のピアノを聴く。今は横顔を見ているだけでいい。いつか想いが届く気がするから。


いわゆる高嶺の花だった。孤高の華の方が正しいかもしれない。彼女を一目見たいと、練習室はいつも男子生徒たちが競って覗いていた。俺が彼女に告白したと知っても、仲間たちは爆笑した。絶対に振られるだろうと。

海外プログラムに俺は立候補しなかった。話を聞いた瞬間から、彼女が行くべきだと思ったからだ。俺はいつか自分だけの力で行ってみせる。だから、このチャンスを彼女に活かしてほしかった。しかし、僕に悪いと思ったのか、彼女は離れていき、次第に連絡もつかなくなった。

数年後、大学に戻ってきた彼女は、以前と変わらぬ美しさを保っていたが、印象はまるで違った。純粋に理想を追い求めていた若き日々には無い、強いバリアを漂わせていた。一人にしてやるべきか。いや、俺はもう1度、彼女の心に入っていくことに挑戦する。

今年も春が来る。ミモザの木を見上げ、切なさに少し目を細めた。運命は変えることができる。いつまでもとどまっていても仕方ない。

俺は風のように、いつも君の周りを軽やかに包むよ。
君がどんなに色を重ねても、変えても、俺はずっと変わらないから。
安心していいよ。


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※伊勢丹新宿本店 2月20日(水)、大阪梅田阪急 2月27日(水)
100mL 各¥20,000+税

株式会社フォルテ
Tel.0422-22-7331
http://www.forte-tyo.co.jp/

Author's Profile

美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラーYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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