CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日を送るライフスタイルマガジン

海へ行くつもりじゃなかった

魔法の香り手帖
パルファン・ロジーヌ パリ

子供たちの歓声で我に返った。
私、どうしてこんなところに来たんだろう?どこでも良かったのだ。ここではないどこか、ならば何処へでも。

溜まっていた郵便物の中から、アイボリー色の封筒を見つけたのは、その日の朝だった。毎日夕方に郵便は届くのに、まとめて玄関の棚の上に置いておいたせいで、昨夜は気づかなかった。ファッションカタログやピザ屋のチラシ、請求書をまとめて持ち上げたとき、その封筒が足元に落ちた。インビテーション。嫌な予感がして慌てて封を切る。目を通した後、机の上に置いて、そして見なくて済むように床に落とした。今も自宅の床の上に転がっているだろう。

彼と別れたのは、1年前だ。その事は、後悔はしていない。2年間付き合って、1度別れて、さらに1年付き合った。最後はぐちゃぐちゃだった。親密になればなるほどプライドを捨てきれない二人。互いにどうしても譲れないこだわり、充分に見極め合い、私たちは結婚ではなく違う道を歩むことにした。納得して選んだ。

だからと言って、友達になれるわけじゃない。大体、別れた男と友達になる必要なんてあるのだろうか?平気で友達になれる人たちもいるが、私には無理だ。私にとって友達とは、その人の幸せ、例えば結婚とか、出産とか、そういうものを心から喜べる相手のこと。私は彼の結婚も、子供が生まれたとか、そういったニュースをたぶん喜べない。少なくとも今は。

「お互いに幸せになろうね。」

最後、そう言って離れた。本当は、私より先に私より幸せにならないでほしい。とても言えなかったけれど。

金色の縁取りがされたアイボリーの封筒は、それだけで幸せを発していた。彼は自分が幸せになった証拠を送ってきただけだ。たぶん純粋に、決して嫌味ではなく。男性は素直な生き物だ。言葉の裏を感じ取ろうとはしない。「俺は幸せになるよ。」そう言っているだけなのだ。これは私の問題。私の業だ。

気づいたらアパートを出て電車に乗っていた。何も考えずに乗り継いで、電車に揺られることに疲れた時、止まった駅で降りた。みずみずしいフルーツのような香りに導かれて、適当にいくつか角を曲がり桜の遊歩道を通った。風に舞う花びらに見惚れながらゆっくりと歩く。高校生だろうか、黒髪を後ろで一つにまとめた女の子たちが、すれ違いざま、はしゃぎながら通ってゆく。

遊歩道が終わる角を右に曲がった。
突然、急に道がバーンと開かれた。
それは不意打ちだった。私の目の前に海が広がっていた!
春の太陽の光が、きらきらと光る、

海

波が揺れて、押しては消える。それは、全てのわだかまりをも呑み込んでいくようだった。しばらく私は、放心した。

子供たちの歓声でハッと我にかえる。寝起きに纏った香水の香りが、ふわりと襟元から漂った。赤くハート型をしたチェリーの果実、美しさと柔らかさの象徴。古くから芸術家たちは、愛の物語のインスピレーションにしていたそうだ。

何も考えずに旅に出たって、こんな景色に出会えたのだ。素敵な場所にたどり着ける、私の嗅覚だって捨てたもんじゃない。いやむしろ、冴えているのではないか。新しい恋もできるかもしれない。あきらめず、現実に立ち向かえるかも。

そう思った瞬間、私は走り出していた。砂浜に絡まりながら、波打ち際にたどり着くと、座り込んで泣いた。

あぁ、海に行くつもりじゃなかった。

パルファン・ロジーヌ パリ

【掲載商品】
■パルファン・ロジーヌ パリ
「ローズ グリオット オードパルファン」
50mL ¥15,400
株式会社フォルテ
Tel. 0422-22-7331
http://www.forte-tyo.co.jp/

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
Follow :
Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets
Hatena Bookmarks
Pinterest
Evernote
Feedly
Send to LINE