靴づくり屋chisakaの工房で、私たちの目の前に置かれたのは、持ち主に丁寧に手入れされ、大事に履かれていることがひと目でわかる、大きな靴でした。修理のために、つくり手の元に一時里帰りしてきたこの靴が、靴職人・千阪実木さんが目指す「修理しながら、長くつき合える靴をつくりたい」ということのすべてを物語っているようでした。
本づくりから靴づくりの道へ
――千阪さんは最初の就職は出版社の編集部でした。その後、靴づくりの道に進まれます。
短大卒業後、出版社で約10年、書籍や雑誌の編集をしていました。もうすぐ30代になる頃、このまま出版の仕事を続けていくのかどうか、迷いました。たまたまテレビで見たスペイン巡礼の道を歩きながら考えようかと思い、仕事を1か月休んで歩いたこともあります。20代後半になると、だんだん自分の働き方と、新しく入社した人たちの働き方が異なってきたと感じるようになりました。がむしゃらに働く自分の働き方は、もう旧いのかな、と。また、本や雑誌という、たくさんの人に及第点をもらう仕事ではなく、1人の人に満点をもらう仕事をしたいと考えたことも編集の仕事を辞め、靴づくりの道に進んだきっかけです。
それまで、趣味で靴づくりの教室に2年ほど通ったことがありました。もともとものづくりには興味があり、それでもう一度靴づくりを、きちんと学校で学んでみたい、適職かどうかわからないけれど挑戦してみたいと思い、会社を辞めて専門学校に入りました。ただ当初は、これが本当に自分に合っている仕事なのかわからず、不安でいっぱいでした。でも挑戦せずに後悔するのは、挑戦して後悔するより悔いが残りそうだったし、ダメだったらまたその時に考えようと、将来が全く見えていないわりには明るい気持ちでした。実際に勉強を始めると、革を裁断する包丁すら研げず、「すごい世界に来てしまった…」と呆然としました。学校には2年間通いました。生活のために、元いた出版社でアルバイトをさせていただきながら通いました。