野田祥代さんは昨年、約10年勤めた国立天文台を退職。より多くの人に星や宇宙の魅力を伝えたい!と起業しました。「星や宇宙を通じて、私たちが、どれだけ広い世界に生きているか、を伝えたいんです」という野田さんのお仕事について聞きました。
自分がいる世界の全体像が知りたい
――昨年、「あいプラネット」という会社を立ち上げられました。具体的にはどのようなお仕事をされているのですか?
幼稚園や保育園、学校など様々な場所で、出張プラネタリウムを行うことを中心に、星や宇宙に関する講演やワークショップ、観察会などをしています。プラネタリウムは設備の整った場所に行って観るものと思われるかもしれませんが、今は移動式エアドームや、暗くできる場所であれば、天井や壁、スクリーンなどに投影することもできます。
一般社団法人 星つむぎの村という団体の方たちと、入院や難病で本当の星空を見ることが難しい方々にむけて病院や施設などで投影する『病院がプラネタリウム』 も行っています。
星空や宇宙を見ていただきながら、私たちが生きている場所が宇宙からはどう見えるのか、地球の外にはどんな世界が広がっているのか、をお伝えしています。
――もともと小さいころから天文が好きだったのですか?
好き、嫌いというより、身近にあったという感じです。父が天文好きで、よく実家の前にあった小学校のグラウンドで一緒に星を見ていました。
大学では宇宙物理を専攻しました。
小さな頃から、自分につながるこの世界の全体像が知りたいと思っていて、高校時代、どうすればそれがわかるのか調べていた時に、知り合いの方に「あなたが知りたいことは宇宙物理」と言われたんです。ちょうど進路を考えている時期で、じゃあ宇宙物理を勉強しよう!と思いました。
私が通っていた 高校は当時、進学校でなく 、理系を目指す人は超レア。私自身も数学も物理も得意ではなく……。でも幸いなことに、理系に進みたいという友人がいたので、一緒に頑張れました。
一浪して希望の大学の学部に入学。ただ、大学の同級生の中には、小さいころから天文一筋、数学も物理も得意という人がたくさんいました。必死で勉強しましたが、憧れだけで入った私にとっては、大学の4年間は落ちこぼれ気分を味わった時でもありました。
一度は編集の仕事に就く
――大学卒業後は一般の会社に就職されていますね。
そうです。進路を考えたときに、こんなにすごい人たちがいるんだから自分はこのまま研究の道を突き進むのは難しいように思い、就職活動をして出版の会社に入りました。他企業の社内報などを作る編集の業務がメインだったんですが、入社して1年たったときに、やっぱり大学に戻りたい、でもせっかく採用してくださった会社をすぐ辞めるなんて……と、悩みました。
ただ上司は「若いうちにやりたいことをどんどんやりなさい。ここはステップだと思って」と背中を押してくださって。それで大学院に入り5年間研究生活に没頭しました。本当にありがたかったです。
――大学を出られてすぐに国立天文台に就職されたのですか?
はい。博士課程修了直後の3月30日に結婚、翌日地元の愛知県から上京して4月1日から三鷹の国立天文台に勤め始めました。私、このときすでに30歳だったので翌年、長男を授かった時はとても嬉しかったです。ただ当時は、職場に育休がなく、遠距離通勤だったこともあって任期を待たず退職しました。結果的にそのあと5年ブランクがあります。
私が退職した後に当時の上司が「きちんとした育休制度がないから、貴重な若い人材を失ったんだ!」と、かなり言ってくださったと後から聞きました。今は育休制度も整い、ちょっとでも女性が働きやすい環境作りのきっかけになったのであれば、よかったかなと思います。
――退職後は何をされていたのですか?
出産後、1、2年たった頃から戻れるかも……と思い、常にアンテナをはっていました。ただ、なかなか募集がなくて。 その間、思うところがあって手話を勉強して障害をお持ちの方と交流したり、学習塾を経営したりしていました。
塾での子供たちとのやりとりは楽しく充実していましたが、経営はすごく苦労しました。一度区切りをつけようと決心した頃に、ちょうど前職で空きが出たんです。辞めた当時の上司が声をかけてくださったので「行きます!」と。退職してから5年以上経っていました。
長いブランクだったので、なかなか感覚が戻らず完全に取り戻すのに1年くらいかかりました。
宇宙を通して広い世界を知ってほしい
――そうして復職された天文台を昨年退職されました。きっかけは?
復職後は約9年勤務したのですが、その間、2012年の金環日食を近所の子どもや大人たちと大勢で観察したんです。日食という、人知の及ばない現象をみんなで一緒に見られたという経験が大きかった。これは大切なことかも!と思い、 宇宙のこと、星のことを大人も子どもも障害があってもなくてもみんなで知り、考える機会をつくりたいと『やとっこ天文あそび』というグループを作りました。天文台に勤めながら、地域の公民館などで宇宙のことを伝える活動を始めました。
その中で子どもはもちろん、星や宇宙を見て涙を流す大人たちの反応を見て、私がそもそもやりたかったことは、私たちがどれだけ広い世界にいるのか、ということを知ってほしいということ。その感覚のある子どもが大人になれば、もっと広い視野をもって世界全体のことを考えられるのではと思うようになりました。「片手間ではできないな」とも思い始めました。
上司やメンターの後押しもあって退職を決めました。とはいえ、起業が大変だということは塾経営で経験済みだったので、創業スクールにも通いました。そこではノウハウだけでなく、いろいろな人とつながれたことが大きかったです。
一人で起業するのは大変ですが、一緒に頑張ったり応援してくれる人と出会えました。
起業して1年目は無我夢中で、いただいたものを全部こなした感じ。出張してプラネタリウムをしながらお話しをする機会が多かったです。
――今後取り組みたいことなどはありますか?
通信技術が飛躍的に発達しつつあるので、大学院時代に観測のために長期滞在したニュージーランドの星空をライブ映像で日本に中継し、別の場所にいながら異なる国の異なる状況の 人たちが一緒に空のことを学ぶ、ということもしてみたいです。
星はきれいですが、なんとなくマニアのものと思う方もいるかもしれません。ですが人類700万年ともいわれる歴史の中で、日本のような先進国で星が見えなくなってきたのはこの数十年なんです。ちょっと異常事態かなって。与謝蕪村が「菜の花や月は東に日は西に」とうたうくらい、日常のものだったのに、今は習わないとわからない。星や宇宙は特別なものではなくて、私たちに直結するものなんだよ、ということを伝えていきたいですね。
野田祥代(のださちよ)
あいプラネット代表
http://aiplanet-sky.net/
愛知県生まれ。幼少時に見た日食と彗星に魅せられ、大学で宇宙物理学を専攻。
卒業後は出版社に勤務。
1997年に大学に戻ってからは日本とニュージーランドで観測・データ解析経験を積む。
学位取得後、自然科学研究機構国立天文台に勤務し天文学データアーカイブに携わる。
2012年やとっこ天文あそびを発足。
東京都西東京市を拠点にプラネタリウム講演、工作教室等を数々実施。
2016年、ホンモノの星空を見ることが難しい人たちへ星と宇宙を届ける「病院がプラネタリウム」に出会い、2018年より主要メンバーとなる。
プラネタリウム/イベントでは穏やかな語り口と母親目線での企画内容が特長。
人類がなし得たあらゆる成果とその裏に存在した数え切れない名もなき人々へのリスペクトを大切にしている。[最終学歴] 2002年 名古屋大学大学院理学研究科博士課程後期課程修了
博士(理学)
やとっこ天文あそび代表
【所属団体】
日本天文学会
日本天文教育普及研究会
日本サイエンスコミュニケーション協会
日本惑星協会
「病院がプラネタリウム」主要メンバー
多摩市教育委員会教育振興課家庭教育講座講師
子どものための心理的応急処置(PFA)研修終了
お仕事を成功させるために心がけていることは?
人とのつながり、ご縁を何より大切にしています。出会う方、特に子育てしつつ家のこと学校のことをマルチこなすママたちには一人ひとりに素敵なスキル(仕事に限らず)が必ずといっていいほどあるので、リスペクトの気持ちを忘れないようにしています。
オンとオフの切り替え方法は?
あまり得意でなく……むしろ教えてほしいです(笑)。 車通勤していた時は車の中で自然と切り替えられていたのですが。今でも現場に出るときは移動時間に自然と切り替わりますが、自宅作業の日は難しいです。
休日の楽しみ方は?
家族でのんびり過ごします。特に夫、娘はおどろくほどインドアなので家で一緒に過ごすことが多いです。娘のお菓子作りや手芸になんとなく付き合いつつ、宇宙関係の読書をしています。
今、プライベートではまっていることは?
絵本づくり。 昨年末から始めて2作目にとりかかるところです。
10年後はどんな風にお仕事をされていると思いますか?
想いを同じくする仲間を少し増やして、連携しながらより多くの人(特にこどもたち)に星と宇宙の世界をお届けしていたいです。自ら足を運ぶことに加えて、オンラインで遠く離れた人、隣の国、地球の反対側の人(多言語で)に届けていたいです。持続可能な仕組みをつくって安心して引退できるようにしたい(笑)。
これからの夢は?
3年以内にニュージーランドのテカポに家族を連れて行きたいです。テカポは住みこんでいた時期があり、大切な友人がいる自分にとってとても大切な場所。星空を世界遺産に、という稀有な取り組みをしている世界で最も星空の美しい所でもあります。テカポの星空を日本の子どもたちにリアルタイムで中継、星空を通して交流したいです。私たちを取り囲む広い世界を知り、人種や文化、言葉の違いがいかに小さなものか感じてほしいです。