CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日

ネフリティスの羽根~第一篇

魔法の香り手帖

どこからか懐かしい甘い匂いがする。

閉ざされた山の奥、広大な敷地に豪華な平屋。贅を尽くした美しい客間、4つの四季の名前を付けた棟。あぁそうだ、この香りはバニラの砂糖菓子。母がクリスマスの季節によく食べさせてくれた。祝祭の日、賑やかな我が家、笑い声、パステルカラーの夢。

大きな時計がボーンと4回鳴った。誰も居ない屋敷の中、不気味なほど音は広がる。16時、客人たちの到着だ。ウリエルは透き通るような青い瞳で、広間の中央に陣取る大きな暖炉をじっと見つめていた。

客人たちはざわざわと声を立てながら、中央の客間に集まった。全部で4人。

「君がここを買った家主か?」

下卑た笑みを浮かべた髭面の男が開口した。男はウリエルを不躾なまでにジロジロと観察し、シャープなスタイルや束ねられた白髪、端正な顔に浮かぶ目の下の黒ずみをせせら笑うように見つめた。

「ギャンブルでも一発当ててここを買ったか?いわくつきの館だろ?」

他の客が一斉に困惑した表情を浮かべたのもお構いなしだ。僕は暴言を無視をして、話し始めた。

「皆さま、四季の館へようこそお越しくださいました。私が当館の現主人ウリエル・ラインハルトです。ここへいらしたということは、私からのメッセージを理解いただいたと捉えてよろしいですね?皆さまには、この館の中で自由に過ごしていただきます。3日後、私がご依頼した品を持ってきてくださった方に、この館を土地ごと全てお譲りしましょう。3億ほどの価値があると思いますよ。
それでは、滞在中皆さまに使っていただく棟を割り振ります。新聞記者のラディック氏はプランタン棟、大学職員のベルナール氏はエテ棟、不動産経営のジュブワ氏はオトヌ棟、そしてダンサーのアニエスさんはイベール棟へ。棟の中は自由にお使いください。食事は各棟へ、朝8時、12時、18時とお届けいたします。期日までに興味を失われた方はどうぞお帰り下さい。但し、お帰りの際はお送りできません。ご自身でお車を手配願います。大きなお荷物は後ほど各棟へスタッフに運ばせます。ご質問がある方は、お部屋から直通のお電話で私まで。では幸運を祈ります。」

客人たちは、互いを牽制するように見つめあうと、割当られた棟へ向かっていった。髭面の男も小さなボストンバッグを抱えると、にやりとしながら棟へ消えていった。


私があの新聞広告を見たのは1週間前のことだ。

一見、掃除のアルバイトを募集する広告だったが、巧妙に暗号が隠されているのに気付いた。「アナタニサンオクユズリマス」そのメッセージに気づき指定の番号へ電話してみると、スキーで有名なリゾート地の土地と館を全て譲ると言う。条件はただ1つ。3日のうちに館のどこかに隠されている翡翠のジュエリーを見つけ、館の主人へ引き渡すこと。暗号を見つけた瞬間心臓が高鳴った。大金を得るチャンスじゃないの。

電車を乗り継ぎ、この街に降り立った。迎えにきたバンに乗り、数時間揺られて辿り着いたのがこの「四季の館」だ。バンの中に居た参加者は、私以外は全て男だった。彼らは最初のうちは無言だったが、あまりにも山奥へ向かう不安も募るのか、次第に雑談をするようになっていった。本当の職業か怪しいが、彼らは新聞記者、大学職員、不動産会社の社長だと言う。そして私。ダンサーと答えたが、本職は何でもないフリーターだ。

ウリエルの説明を聞いた後、私は割当てのイベール棟へ向かった。薄いグレーとブルーの色調で整えられ、雪の結晶などが描かれた壁や冬を連想させるモチーフに溢れている。私はまとめていた髪をほどき、ソファに身をうずめた。ふわりとバニラの柔らかな香りが漂う。

どこに翡翠はあるのだろう。さっぱり見当がつかない。枕元には館内地図があり、広げてみると先程ウリエルに会った広間を中心に十字の形をしている。イベール棟は十字の下の部分にあたる。窓に近づいてみたが、雪景色が広がるだけで何も無い。日は暮れかけていたが天候も荒れていないので、散策してみることにした。

広間に戻るのが面倒で(1棟がとても広いのだ)、私はイベール棟の非常口を使って外へ出た。館の壁に沿って、少しずつ歩を進める。15分ほど歩いたところで、壁は次の館に切り替わった。私は十字の下部に位置する非常口から出て時計回りに歩いてきたので、これはオトヌ棟だろう。近づいていくと窓辺で言い合っているような二人の姿が見えた。あれは、ベルナールとジュブワ…?

「ジュブワさん、何故オレたちはこんな呼び出しに応えねばならないんだ。20年前の事を知っている奴などいない。わざわざ脅しに乗る必要などないだろう!」

「それはそうだが、あの翡翠は確かに見つかっていないじゃないか。これは見つけるチャンスとも言えないか?私たちがこっそり協力しあえばいい。都合がいいさ。誰も私たちが知り合いだとは気づいていないだろう?翡翠を見つけたらこっそり隠して、離脱したふりをして館を出てしまえばいい。」

…なるほど、大学職員のベルナールと、不動産会社経営のジュブワは知り合いなのね。そして翡翠をウリエルに渡さず、見つけたら持ち逃げする気なんだわ。

私は音を立てないように、そっと窓の下を通りオトヌ棟をぐるりと回り、プランタン棟を目指すことにした。が、プランタン棟までは大きな森が阻んでおり、夕暮れの今から足を踏み入れるのは危険に思えた。森は樹々の香りに満ちていた。私は自分の過去を思い出す。

彼のライダースジャケット。シガーとコーヒーの匂い。熱狂と興奮のステージ。押し寄せるグルーピーたちの嬌声。観客の下敷きになって今も意識が戻らない私の恋人。名医の手術を受ければ、またステージに立てるかもしれない。そのために私はお金が欲しい。アニエスは下唇をかみしめた。私はこの土地を手に入れてみせる。

※11月22日掲載の次号へ続く


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美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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