風に乗って彼らが鮮やかに顏を出す。それは春。それはミモザの季節。
―Morning―
懐かしい穏やかな朝日、誰もが感じる温かな安らぎ。じゃれる白うさぎの鼻先をくすぐるミモザの花が、黄色い「わたぼこり」のようにふわりふわりと上下する。芽吹き始めた庭の緑たちは苔やシダを地面に這わせ、幸せを運ぶメヘンディのように広がっていた。
この数か月、気持ちを固く重くさせるような忙しさや出来事が、自然の美しさに目を向けるような心の余裕を私から奪っていた。気づけば呼吸は浅く、背は丸まり、目線は下を向き、日々をどうにか取り繕うこと以外、見えなくなっていた。この国の季節の移ろいがこんなにも美しいことを忘れていた。
顏をあげる。身体を伸ばす。大きく息を吸い込む。光に包まれる。
あぁ、ミモザは私に春を、今を、気づかせてくれた。
この春の光景を、ずっと忘れないでいよう。そう思ったけれど、やはり人間の記憶は少しづつ薄れてしまうものだから、私は香りに思い出を閉じ込める。
私のためのミモザ。いつまでも鮮やかに香りは色づき続ける。
―Daytime―
遠く、海を見渡す丘の上で、ミモザが香りを放っていた。麦わら帽子、パンに塗ったオーガニックハチミツの匂い。遠くで彼女が僕を呼ぶ声が聞こえる。僕はそっと手を振り返し、彼女の広げたピクニックシートに向かい少しづつ近づいていった。
午後の日差しが、彼女のまつげをキラキラと彩り、白い頬をより白く見せる。キャンパスで見かける普段の凛とした装いとは違い、ギンガムチェックのミニスカートが眩しく、僕は思わず目をそらした。
彼女とは親友であり、僕にとっては親友だけではない。それをいつ伝えたら、どう伝えたらいいのだろうと毎日思案している。秘めているべきか。それとも勇気を出すべきか。
僕に微笑みかけながら、黄色いドリンクを差しだし、「お昼にしよう!」と彼女はバスケットの蓋をパタンと開けた。その瞬間、ミモザの香りがふわりと舞い上がった。きっと彼女の部屋の香り。
その香りに乗って、僕は「想い」が身体の奥底から唇に向かって浮き上がるのを感じた。想いはどんどん大きくなり、喉の奥を押し上げる。息を吸いこむ。想いはあと数ミリで言葉になる。
彼女に届く時、その言葉はきっとミモザの香りがするんだろうな。
―Night―
春の夜風が切ないのは、別れや出会いを繰り返す「時間」をはらんで吹くから。
ダイニングの窓辺に置いたミモザの葉を、少しだけ揺らしながら部屋に滑り込んだ風は、そのまま二人の寝室へと届いた。
枕元から香るスミレやプロヴァンスのローズ、肌からはミツロウやバニラ。ミモザの風が1つの調和をもたらし、それは鮮やかなパフュームとなって姿を現した。
洋梨のような黒いポンプを、指でそっと押してみる。そこから香り立つ魅惑的な神秘の香りに惹かれ、二人はまた浅い眠りにつく。強く手を握り、何も怖いことなど無いと信じながら、額(ひたい)をつけ同じ夢を見ようとする。
明日、夢のために旅立つパートナーに、幸せが沢山訪れるように祈る。何があるか分からなくても、愛は今ここにあると確かめるように唇を重ねる。
真実の愛のエッセンスは、二人にそっと寄り添っていた。
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