<有り余るもの>
白く細い脚をぶらつかせながら、少女は秋の夜の海辺で燃える火を眺めていた。手に握りしめたクローブとマンダリンの皮を炎にパッと投げると、芳香を放ちながら焼け空中で一瞬煌めき、天に召されてゆく。これは私の儀式。
17歳。まだまだ子供だと判断される歳。大人の中では子供のふりをしていた方が楽だから丁度いい。多少の過ちも基本は寛容に受け止めてもらえる。冷めてる子と思われているから、”たまの”笑顔と素直さが効く…なんて腹黒すぎるか。
半年前、財産を残して父が死んでからというもの、母の近辺は常に騒がしい。金に群がる男たちを母から引き離すのは私の仕事だ。自分に言い寄りながら17歳の娘に手を出すような阿呆な男は、母もさすがに追い出すしかない。そんな時、私は子供のふりをする。”あちら”が勝手に夢中になったふりをする。
彼女は唇に漆紫のカラーを乗せると、口角をキュッと上げ、海沿いを歩き始めた。年齢というブランド。少しひ弱だけど細長い手足、夜風がさらうサラリとした黒髪。男を惹きつけるものは、まあ有る方じゃない?誘惑という業務に対応できるレベルには。
焼けるようなスパイスの香りは、私の銃口から放たれたもの。
ジャングルで黄金を巡って散った男たちの残像を美しく飾って、ジンジャーブレッドの甘い香りに寄り添いながら、土埃の中で私は優雅にお茶を飲むの。
誰にも憧れない。誰にもなりたくなんかない。
私は私。唯一無二の存在。
彼女の目に映る炎は、香りを宿しながら燃えさかっていた。
<月夜のランデブー>
足音を忍ばせながら、月夜を歩く。
暗闇に幾ら忍ばせても、足許からカサカサと葉擦れの音がしてしまうのは秋のせいだ。柔らかく、どこか棘がある匂い。豊かなのに、何処か寂しい。待ち合わせまであと5分。
鬱蒼とした森の少し開けた小路に出ると、月の光がやんわりと僕を照らし出す。
光に照らし出された僕の姿は美しいのだろうか。または醜いのだろうか。晒されて初めて気づくことは多い。真実の姿は時に痛々しく、何よりも尊い。
僕は目を閉じて感覚を済ませ、甘い香りの方角へ導かれる。ようやく出会えた。
月夜に咲くテュベルーズよ、君に愛されるため僕は生まれてきた。
<醒めない白昼夢>
父の本はどうしてこうも重いのだろうか。本棚から拝借して、自分だけの秘密の場所(体育倉庫)に持っていくにも一苦労だ。少年は好奇心でいっぱいになりながらページを目繰る。
あぁそうだ、彼女の物語はどうなったんだっけ。子供のふりをした大人かぁ、クールでカッコイイな。僕とは大違いだ。ピカピカのロールスロイスのようなツヤのバイオレットカラーのネイルに、堂々とした態度。僕はちょっとした嘘ですら先生に見抜かれちゃうのに…。
この前読んだ、ある男の詩なんて結末にびっくりだ。だって、男は自分が人間じゃないことに気付いていないんだから。恋の相手は勝手だけど、僕なら花は嫌だなぁ…クラスのAちゃんとか…。
窓の外から差し込む秋の木漏れ日がちらちらと揺れ、彼はウトウトと次第に夢の世界へと誘(いざな)われる。訪れる静寂。
不意に銃声のようなバーン!という大きな音が弾けた。彼の手から落ちた古書が床に叩きつけれたのだ。古書から匂い立つは白昼夢の香り。夢物語のサンダルウッド。
飛び起きた彼は、自分の鍛え上げた胸板を見下ろしそっと目を覆う。
「何だよ、子供の頃の夢か…。」安堵の溜息をつき一呼吸。そして、隣りに眠る少女の裸の肩を見てギクリとした。唇に僅かに残るバイオレットカラー。倒れて床に散ったネールラッカー。
「ねぇ、2階に居るの?」
不意に階下から女の声がして、足音が近づく。パッとドアが開かれた。空中の埃と甘い余韻の香りは、一瞬で舞い上がると火の粉のように燃え、やがて静かに落着した。まるで何の騒ぎも無かったかのように。
少女は眠ったふりをしながら、口角をキュッとあげた。
いつか何処かで読んだ物語。これは現実の世界?それとも夢の中?
床の上に忘れ去られた本には流麗な飾り文字”Santal majuscule”。
誰かの遠い記憶とわすれもの。
【掲載製品】
セルジュ・ルタンス
http://www.sergelutens.jp/
「バテムデュフー/炎の洗礼」オードパルファム(50mL ¥13,000+税)
「ファーアレーブル / 13.De Profundis 深淵からの叫び」(¥ 8,500/レフィル\ 4,000+税)
「オンクルプールレレーブル / 5.Dark Earth/大地の陰影」(¥7,000+税)
「ラック プールレ ゾングル 3.De Profundis /深淵からの叫び」(¥6,000+税)
「シダー オードパルファム」(50mL ¥13,000+税)
「サンタルマジュスキュル オードパルファム」(50mL ¥13,000+税)