夏の終わりが近づいている。
みずみずしいオゾニックな香りや砂漠のような乾いた土地を感じる香りは息をひそめ、どこか懐かしいパウダリーな香りをまといたくなる。
パウダリーという言葉が、どこか懐かく感じる響きを持っているのは、ベビーパウダーや、子供の頃に母親の化粧台で嗅いだおしろいの匂いが、記憶にあるせいかもしれない。
粉っぽく甘くて乾いた香調のこと指す、香りの世界でのパウダリーも、私にとっては母性のような薄い絹衣で包まれる感覚。女性らしさの象徴。自分を主張するというよりも、ふと自分の肌の上に薄い衣をまとっているような、ごく自然でランジェリーに近い香りは、身につけるだけでささやかな安らぎと自信を与えてくれる。
優雅な夏の儀式に用いるのは、ペンハリガンのタルカンパウダー。
クラシカルなシルバーボトルから、指先にほんのりとパウダーをとり、首筋にすっと撫ぜるようになじませたら、そのまま身体につけていく。「VANITIES」は、様々なフレグランスともなじみやすい、ほのかで爽やかな香り。香りは穏やかでふと近くで香らない限り分からないくらい、密やかだ。
本来、フレグランスは身体から離れた距離よりスプレーするが、肌に触れながらパウダーと香りをなじませる行為は、とてもセンシュアルなタッチセラピー。ふわっと舞う白いパウダーは、まるで夢の世界へ誘う魔法のよう。
どこか切ないパウダリックは、パルファン ドルセー パリの「エチケット・ブルー」から匂い立つ。ダンディーの象徴的存在であった、創業者アルフレッド・ドルセー伯爵の、秘めたの愛の言葉を込めた香りはラブレター。
調香師の禁断の愛のポエムが、ベルガモットやレモンのような爽やかなクリーンなトーンで始まることに驚いた。きっと伯爵の愛した女性は、清潔感と官能性を兼ね備えていたのだろう。ローズウッド、ミルラ、オレンジフラワーが後を追い、最後にはサンダルウッド、アンバー、バニラの甘い香りが恋する心の優しさと悲しさを伝えてくれる。
空想の花を見つけたキャンディという女性は、幻想的なホワイトコスモスの香りで旅を始める。その魅力から自然と視線を惹きつけてやまないキャンディは、あらゆる場所へ旅をしながら、誰に縛られることもなく自由に浮遊し続け、躍動感あふれるフローラルノートと共に、空想の花は幻想的な姿へ変わってゆく。
やがてパウダリーに優しく香りはじめ、ハニーの温かさを感じる頃キャンディの囁きが耳に届いた。PRADAの「PRADA CANDY FLORALE」には、幻想的でダイナミックに空想を旅するキャンディの、純真無垢ながらコケティッシュなパウダリーノートを感じることができる。
永遠のフレグランスメゾン「CARON」より、約100年前に生まれた香りよりインスピレーションを得て、18年前に創作された「Aimez-moi(エメ・モワ)」。
ベルガモットやスターアニス、バイオレットリーフが鮮やかなグリーンを描き、やがてジャスミン、イリス、マグノリアなど花々の咲き誇る姿が美しく映える。
イメージに浮かぶのは、自分の心のままに生き、誰にも捉えられない蝶のように自由な、挑戦的で奔放な女性。パウダリーなラストノートが訪れる頃、凛としたエレガントな気概を感じた。それは自由を手に入れると訪れる寂しさや切なさを、愛へと変えることができる人の強さに似ている。香りに抱擁され、私は今、優しさにくるまれた。
夏の終わりは切ない。金切声で叫んでいた虫たちが命を全うするように、何かが燃え尽き、何かが始まる前の寂しさがある。だから、パウダリックな薄衣で私は目の前にヴェールをかける。時には少しはっきり見えすぎる現実の景色も、パウダリーな香りがそっと和らげてくれるから。
その魔法は小瓶の蓋を指で押し上げるだけ。さぁ、パウダリックの世界に包まれよう。
【掲載製品】
■ペンハリガン「VANITIES」100g¥3,700+税 / ペンハリガンジャパン株式会社 tel.03-5216-4930
■PRADA 「PRADA CANDY FLORALE プラダ キャンディ フロラーレ オードトワレ」 30ml ¥5,800、50ml ¥8,500、90ml ¥12,400(本体価格) / インターモード川辺 tel.0120-000-599
■CARON「セレクション・キャロン エメ・モワ」 100ml ¥15,000+税 / 株式会社フォルテ tel.0422-22-7331
■PARFUMS D’ORSAY PARIS「エチケット・ブルー」 50ml ¥10,000+税、100ml ¥15,000+税 / 株式会社 大同 tel.03-3666‐3125