CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日を送るライフスタイルマガジン

春のアザーピース

魔法の香り手帖
フローリス「FL オードパフューム チェリーブロッサム」

「久しぶり!先週、カナコが亡くなったって…知ってた?お通夜やお葬式は、こんなご時世ということもあって、ご家族だけで済まされたそう。でも、同級生が亡くなったのに、何もしないのもどうかという話になってね、仕事で東京に居ない人もいるし、ZOOMで同窓会して、弔い酒でもしようかということになったんだけど、参加できるかな?」

高校の同級生で唯一今も連絡を取っているユミから、そんなメッセ―ジが届いたのは水曜日のことだった。”カナコが亡くなった…カナコって…えーっと苗字なんだっけ?”というのが、率直な私の気持ちだった。薄情に思われるかもしれないが、何しろ高校時代は20年以上前で、親しかった友人ならともかく、ほとんど話したことのなかった同級生の存在は、あまりにも記憶がおぼろげだ。

あぁ、そうだ。苗字は牧田だ。あまり人とつるまない、大人しい子だった。中肉中背で、特別美人ということもなく、かといって目立つような雰囲気でもなく、勉強も運動も活躍しない程度にそこそこできる。彼女を嫌いという子はいなかったが、彼女に親友と呼べる子もいなかったように思う。私もどちらかと言うと地味なタイプだったが、クラスの一軍チーム(勝手にそう呼んでいた)からも何か集まるときは声をかけてもらえていた。たまにふと、牧田さんと目が合うと、ジトっとした湿気を感じたものだ。「あんただって、こっち側の人間でしょ。何を一軍に混じってんのよ。」そんな風に思われているような気すらしていた。

そう、私は牧田さんが苦手だった。

それなのに、ユミは牧田さんと「カナコ」呼び。しかもユミは学年でも人気の美人で、クラスでは無論、一軍チームだった。牧田さんと接点あったのかな?そんなに親しかったっけ…と違和感を感じた。

「ZOOM同窓会、参加できるよ。ねぇ、ユミって牧田さんとそんなに仲良かった?高校んときからカナコって呼んでたっけ?」

「いや、私高校の時はそんなに絡みなかったんだよね。だから正直、再会するまでは存在忘れてたの。4年前の春くらいかな、職場の子と表参道でランチしてたらさ、急に声かけられたの。」

「そうなんだ。牧田さんも表参道で仕事してたの?」

「その日はたまたま居ただけって言ってた。でも、高校の時と全然違ってびっくりしちゃったの。それで、また改めてお茶でもって言われて、LINE交換したんだよね。」

「全然違ってって、ビジュアルが?」

「そう!めちゃくちゃ綺麗になっててね。服も凄い垢抜けていて、一瞬誰かと思っちゃったもん。何があったのか聞かなきゃと思って、お茶しにいったのが仲良くなったきっかけかなぁ。」

ユミは無邪気にそう言ったが、元から美人で人気者のユミにはきっと理解できない。地味な女が「そうなる」ことが、いかに大事件かということを。ユミが牧田さんと一緒に撮った写真を送ってくれた。そこには、高校時代の牧田さんはいなかった。小さくて白い顔に、スッと通った鼻筋、ぱっちりとした二重、髪は肩まででツヤがあり、レフ版のようなデコルテ、キャメル色のゆるっとしたニットを着て微笑んでいた。メイクの範疇ではない、牧田さんは明らかに美容の手術を受けていた。そして、ユミに凄く似ていた。似せたと言った方が正解かもしれない。そこに私はゾッとした。しかし、どれほど外側を変化させても、やはり変わらないのは目の奥だ。どこかじっとりと、湿度のある視線。圧倒的にユミとの違いは目の印象だ。どれだけ外見を変えても、変えようがないもの。

「ねぇ、牧田さんって、何で亡くなったの?病気?事故?」

「そっか、連絡行ってなかったんだね。えっとね、病気っていうか、事故っていうか…。鎮痛剤の飲みすぎで、ふらふらしていたところをバイクと接触したみたいで。しかもバイクは逃げて捕まってないの。私、カナコとは月イチくらいでご飯行ってたんだけど、美容クリニックに勤めてるって言ってたのね。それで色々綺麗にしてもらえたんだーなんて話してたんだけど、亡くなった後にカナコのお母さんからは新宿のクラブに勤めてたって聞いたの。」

鎮痛剤を常用したり、多量に飲まないと苦しいほど、彼女は外見をアップデートし続けていたのだろう。そこまで彼女を駆り立てたのは、何だったのか。水商売でより稼ぐため?それとも手術を受けたくて水商売を?

「ねぇ、牧田さんってユミの顔に似せたのかなって思ったことない?」

「え…そう?うーん、特に思ったことなかったけど…そんなに似てる?」

「いや、そりゃユミは元からその顔だから自然で、牧田さんは違和感あるけど、雰囲気っていうか似せてる感じしない?」

「わかんないけど…、あ、ごめん旦那帰ってきたから、ご飯用意するわ。」

「迫田くん、元気?」

ユミの夫は、私たちと同じクラスの同級生だ。当時から交際していて、仲良し高校生カップルとして有名だった。雑誌にも載ったことがあったくらいだ。

「元気だけが取り柄だよー笑 今度の同窓会ZOOMは、夫婦で参加するわ。じゃあ、その時にね!」

私はユミとのメッセージやり取りを終えて、改めてユミが送ってくれた牧田さんとの2ショットを見てみた。どこかのカフェのテラス席、桜の木が小ぶりの美しいピンクトーン。香りがこちらにも伝わってきそうなほど、爽やかな風景だ。写真の奥には無邪気に笑うユミ、手前にはじっとカメラを見つめる牧田さん。同じ顔で、陰と陽。そんな風に見えた。何だか見てはいけないものを見た感じがして、私はスマホを切った。

あれから2週間経って、私は事前に案内をもらっていたURLにアクセスした。今夜は、「ZOOM同窓会(牧田さんを偲ぶ会)」なのだ。どうであれ、同級生が亡くなったことは事実だし、彼女との思い出がある人は懐かしく感じることもあるだろう。アクセスすると、8人くらいがもう参加になっていた。開始時刻には増えて、15名くらいになった。

「じゃあ、そろそろ始めようか。みんな、今日はそれぞれ色々忙しい中、参加してくれてありがとう。参加できない人も半分くらいはいるんだけど、まぁZOOMだし、気楽に小一時間くらい皆で話せればと思うよ。じゃあ同窓会スタートね。」

幹事の男子が言った。冒頭で牧田さんについて何か触れるのかと思ったけれど、彼は特に何も言わなかった。その後何名か、それぞれちょっとした近況などを話し始めたので、私は参加者一覧のボタンを押した。ユミと迫田くんは…あれ?居ない?夫婦で参加すると言ってたのに、どうしたんだろう。

「あ、ねぇねぇ、ユミと迫田くんって今日参加できなくなったの?」

一瞬、ほんの一瞬、シンとした空気が流れた。接続がおかしいのかと思ったほどに。幹事がゆっくりと口を開いた。

「迫田たちから何も聞いてない?」

「うん。何かあったの?」

「牧田をさ、跳ねたバイクって迫田だったんだ。近くを通った車のドライブレコーダーにバイクが映ってて、ひき逃げとして逮捕された。ユミが警察に一緒に行って、逃亡の恐れはないってことで、家に戻ってきたって。」

「え、えぇ??え、ほんとに?え、な、なに、迫田くん、たまたま牧田さんを?」

また、静寂が訪れる。15人もいるのに、誰も口をつぐんでいる。

「えっとさ…オレも昨日聞いたばっかりだから、本当かどうか分からない部分もあると思うんだけどさ。迫田、この1年くらい牧田と付き合ってたみたい。飲みに行った店で声かけられて、ほら、牧田見た目変わりまくってたから、牧田だって気づかなかったらしくてさ。警察で、実は本名が牧田っていうこととか、同級生だったって聞いて腰抜かしたらしい。何日か前に、警察が家に訪ねてきて、連行されて初めてユミも全部知ったみたいで。」

「え、これ、みんな聞いてていい話なの?」
「私も昨日、情報流れてきて知ったよ。みんな知ってるでしょ?」

他の参加者が口々に話し始めた。

牧田さんは、ユミに似せて整形して、ある時ユミに接触し、ユミのフレンドリーで無邪気な性格を利用して親しい友達関係を作った。旦那さんへのグチや情報を時間をかけて集め、迫田くんの今の勤め先や行動範囲を絞っていき、仕事上でよく利用する新宿の店にキャストとして入った。そして、彼だと認識した上で近づいて、自分の身分を偽って不倫関係に持ち込んだ。最近になって離婚を迫り始め、ユミと自分は友達だから全部ばらすと騒いだ。追い詰められた迫田くんは、牧田さんとの待ち合わせにバイクで向かい、結果的に彼女に接触した。みんなが知っている大体のところは、そういう内容だった。接触が意図的なのか、たまたま待ち合わせに向かった先で接触してしまったのかによって、事件として大きく変わって来る。それはこれから調べられるそうだ。ユミはショックが大きく、誰とも連絡をとれない状態になっていた。

「牧田さん…なんでそんなことしたんだろうね。迫田のこと、好きだったのかな。」

一人の女子がそう言って、視線を落とした。重い空気がZOOMに流れる。皆、気持ちを切り替えられなくなり、その日はお開きということになった。とんでもない偲ぶ会になってしまった。

ソファに寝そべり、私は考えた。本当に牧田さんは、迫田くんを好きだったからこんなことをしたんだろうか。迫田くんとユミは、本当に眩しいほどの出来過ぎた美男美女カップルだった。たぶん、牧田さんは、二人とも好きだったんじゃないか。二人のような、世界中から祝福されているようなカップルに憧れ、ユミのようになりたいという気持ちから、見た目を全てユミに似せて変えた。ユミになれたと思った時、足りないピースは迫田くんだったのではないか。だから迫田くんを手に入れたかった。完璧なカップル、完璧な幸せを手にしてみたかったのではないか。

これからのことを話し合おうと待ち合わせた夜、迫田くんはどう穏便に別れようかと頭がいっぱいでバイクを走らせていただろう。牧田さんは繰り返していた手術のダウンタイムが激しくて、鎮痛剤を多く飲んで眩暈がする中、待ち合わせ場所に向かってふらふら歩いて、車道に出てしまった。そういう事故だったのではないか。私には何も証明できないけれど。私には想像することしかできないけれど。

桜の下で、ユミと並んだ牧田さんの写真を開いた。牧田さんの目が「あなたならわかってくれるでしょ。地味なあなたなら。」そう言っているような気がする。コンデンスミルクのような彼女の短くて濃い人生。何だかわからないけど、私は泣いた。ただ、泣いた。

フローリス「FL オードパフューム チェリーブロッサム」

【掲載商品】
■フローリス
「FL オードパフューム チェリーブロッサム」
100mL ¥27,500
フローリス(ハウス オブ ローゼ)
tel.0120-16-0806
http://www.floris.jp

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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