CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日

夢と知りせば

魔法の香り手帖
トワイライト ロマンス オードパルファン

先週から、私は毎日同じ夢を見ている。逢いたいと思う気持ちが見せる夢なのか、夢を見るから逢いたくなるのか。いずれにせよ、夢の中で逢えただけで嬉しい。夢の中のあの人は、いつも私に優しい。目が合う度に微笑んで、手を握っていてくれる。あぁ、夢だと知っていれば目を覚まさないのに。

彼に出会ったのは、互いに子供の頃だ。ランドセルを背負い、町のはずれにある池の側のベンチで座っていた。私は一人になりたくてそこに行っているのに、邪魔者がいると思うと嫌な気持ちになった。彼もそう思っていたのかもしれない。父に出て行かれた母の暴力が酷くなったため、私は顔に痣を作るようになり、しばらく外出もするなと母に禁じられたため学校を休み、その結果、1週間以上池には行けなかった。しばらくして池に立ち寄れた日、彼は初めて話しかけてきた。

「最近居なかったよね。」少し神経質そうな言い方は、無神経そうより好感が持てた。

それから少しずつ、ほんの少しずつだが会話をするようになり、私たちは中学生になった。話してみると、私たちの共通点はあまりなかった。セオリー通りなら、ここで共通点が多くて仲良くなったと言いたいところだけれど違った。私は母からの変わらない暴力や、新たに店で知り合ったという義理の父のねっとりとした視線を忘れたくて池を眺めていた。未来が見えない自分は、どこへも行けない池の中の水と同じだから。ここで生まれてここで死んでゆく。逃げ場などない。

彼がこの池に来る理由は全く違った。隣町に住んでいて学校も違うので存在を知らなかったが(私は母の暴力で学校を休みがちだったので噂の類に疎かったこともある)、彼は地元のスターのようだ。小学生の頃から執拗なまでに異性に追いかけられ、同じ学校生徒ならまだかわいいものだが、どこぞの分からない美少年趣味の年増女にも大勢追いかけられ、女性への不信感は日毎募っていった。帰り道は待ち伏せをする女が多く、自転車で逃げてここまで来ていると言った。確かに彼はとても端正な顔立ちをしていた。肌はほんのりと浅黒いが、長いまつげが影を落とし、サラサラとなびく黒髪は、どこか青みを帯びているようにも見え、田舎では突然変異のような異国情緒を感じさせた。伸びた背筋には気品があり、しなやかな妖艶さもある。私は彼の人間味のない美貌に、あまり親しみを感じることができなかった。多分、この池で出会って、互いの身の上話をするようにならなかったら、私とは別の世界の人間だと思って無視しただろう。

それからも、私たちは放課後、平日1日置きに池の側で逢った。大した話をするわけでもなく、たまにぽつりぽつりと思っていることを呟きながら、1時間ほど池を眺めるだけ。私の悲惨な話を、あの人は淡々と聞いた。変に同情されないことも心地よかった。美しい金木犀の香りがしていた。時は過ぎ、私たちは高校生になった。

高校2年の11月が終わろうとしている頃、パタリとあの人は池に現れなくなった。連絡をしても既読にもならないどころか、数日後には連絡すらできない状態になった。私の不安は心配へと変わり、我慢が出来なくなった頃、放課後に隣町の彼の学校まで行ってみることにした。次々と生徒たちが門から出ていくけれど、彼はなかなか来ない。無事なのだろうか。もし転校ならきっと私にも何か言ってくれるはずだ。何かあったに違いない。

「あなた、誰か待っているの?」 比較的綺麗な顔をした女の子が話しかけてきた。私が彼の名前を告げ待っていると話すと、急に目尻をキッと上げ、10人くらいの仲間たちを指で呼び寄せると、私を取り囲んだ。

「じゃあ、あなたが相手ってこと?その制服は●×高よね。無事かですって?本人に聞けばいいでしょう。あなたたちは付き合っているんだから!」

私は集団の勢いに押され、怖くて震えながら、付き合っていないと本当のことを言いたかったが唇が震えて何も言えなかった。母に暴力を受ける時を思い出し、病的な震えが先に出てしまった。

「おい!」鋭い声が響き、女生徒たちの輪がサッと開くと、彼が飛び込んできた。

「何しているんだ。大丈夫?」

周りを睨みつけながら私の手を握ると、大きな歩幅でグングンとそこから連れ出し、自転車の後ろに乗せた。私は痛いほどの視線を背中に感じ、恐怖で後ろを振り返ることもできず、取り敢えず彼が無事に生きていてよかったと思った。

自転車で、私たちはいつもの池まで走った。どこからか白檀のような香りが乾いた風に乗り、田舎町の歩道を駆けていった。夕暮れの日差しが稲穂にあたり、辺りは黄金色に輝いていた。振動で揺れるたび、私は彼の背中に頬を寄せた。永遠の様な一瞬。このまま時間が止まればいい。そうか、私は彼に恋をしているのだと、その時気づいた。

私の噂が校内にばら撒かれたのは、数日後だった。私が義父から受けている性的虐待について、生徒たちは両親に話し、やがて町中のほとんどの人が知ることとなった。一番知られたくなかった事実だ。噂は人の口を伝うことで真実すらもどんどんと脚色され、母は義父だけでなく色んな相手から金をとって私の身体を提供しているとまで広まった。両親はともに職場には行けなくなり、町を歩くことすらままならなくなった。

学校では皆が私に腫れものにでも触るような態度をとり、時には屈辱的な言葉を投げつけられ、とても授業を受けられる状態ではなくなった。生活できなくなった母は怒り狂い、これまでにないほど私を殴り、あんたが居なければと泣き叫んで、私の髪に火をつけた。身体は痣だらけになり、多分骨も折れていた
時間の感覚を無くすほど虐待され、もう何もできる気力がなかった。私は浅い息を繰り返すだけで意識は朦朧とし、生きているのかもわからなかった。ただ、泥水の中で咲く、彼の笑顔を想い出していた。

事件の話が私の耳に届いたのは、それから2週間後だった。意識不明で倒れているところを、たまたま家を訪ねてきた担任に助けられ、すぐに入院した。当然、義理の父はもちろん母とも隔離された。入院中は世間とは全てシャットアウトされた。それゆえ事件のことを知るのは遅くなってしまったのだが、事件の被害者はあのきつい目をしていた女の子だった。隣町のダムにかかる橋から突き落とされ、全身の複雑骨折と頭蓋骨の損傷で一命はとりとめたものの植物状態となったそうだ。彼女は友達たちが大勢見ている中で突き落とされた。

その犯人は、彼だ。

彼が好きになる女の子は、昔から必ず女の子の集団にいじめを受けた。靴や体操着を捨てられたり、トイレで水をかけられたりはまだマシなほうで、言葉にするのはおぞましいほどの嫌がらせだったと彼は以前言っていた。だからどんな女性にも心を許せなくなった。自分が好きになれば、必ず相手が不幸な目に遭う。彼はその度に守ろうと必死だった。彼女たちの行き過ぎた愛情が、彼から恋する気持ちを奪った。誰にも心を許さなければいい、特定の誰かと一緒に居なければいい。そんな縛りから逃げられたのが、池での私との時間だったのだ。

彼女たちに詰問され、彼は私の事を「親友だ。」と言ったそうだ。付き合ってもいないし、ただの大事な友達だと。その後彼は私との連絡を絶ち、池にも行かなった。私を守るために接点を消そうとした。

けれど、私が学校を訪ねてしまったことで事態が悪化してしまった。彼女たちは私の事を調べ上げた。この情報社会、何かを調べようとすれば大抵のことは分かってしまう。そうして目をつけたのが、私の母と義理の父の関係だった。義理の父は酒場でたまに自分は10代の女しかダメだと面白そうに話していたらしい。つくづく馬鹿な男だ。自らの首を絞めることを軽々しく飲みの席で話すなんて。私が成長するのを待つために母と結婚したと言ったなんて。ホントに阿呆としか言いようがない。数日後、母は首を吊った。不幸中の幸いでロープが切れ、母は意識不明ながら命を取り留めた。

しばらくして、ようやく私の身に起きた全貌を知った時、彼はもう決めていたのだ。私を追い詰めた元凶を自分の手で殺すことを。そしてそれを隠すことなく、大勢の前でやり遂げることを。

傷が治り退院を迎えた私は、実家に戻ることはできなかった。母とはもう会えない。あんなに身体を痛めつけられたのに、母のことを憎み切れない自分も嫌だった。私の事をしばらく面倒みてあげたいと言ってくれたのは、校長だった。校長は女性で、もうすぐ定年になる歳だ。独り身だからうちに住んでくれて構わないと言ってくれた。私は退院後、校長の家に移り、学校には行かず人知れず静かに過ごした。そして、彼のことを想った。逢いたい気持ちは強くなるばかりだったけれど、逢うことは許されないような気がした。

彼の事件のことで、私も事情を聴かれた。彼は、あの女の子に噂を広げた全員と話したいと呼び出したそうだ。そして全員が見ている前で、あの子の首を片手で締めあげた。身体が宙に浮き、彼女は苦しそうにバタバタと手足を振った。仲間たちは止めたが、それ以上のことは起きないとどこか思っていたのだろう。彼が前に放り出すように、崖の下へ彼女を突き落とした時、誰も動けなかったという。

「彼は…どうしていますか?」と最後に聞くと刑事さんは苦い顔をして教えてくれた。事件の日以来、彼の知能は3歳児と同等レベルまで戻ってしまった。何も覚えていないし、何の悪意にも染まっていない、ただの3歳児に。医者の言うことに、無邪気に笑っているという。多分あの瞬間、彼は自分自身の心も殺したのだと思う。これからも無事に生きようとか、愛する人を守ろうとか、そんな気持ちは崩れ去って、ただ憎しみだけが身体を動かした。そしてやり遂げたとき、彼の気持ちは全て終わったのだ。今、彼の中に何か残っているのだろうか。何か思い出す時が来るのだろうか。

夢の中であの人はいつも優しい。私はこの夢が覚めなければいいと願う。

トワイライト ロマンス オードパルファン

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美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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