君が生まれた時、多くの人が祝福をした。誰からも愛され、日々すべてを思うがままに生きることを許された。彼女が欲しがるものはすべて与えられ、彼女が泣けば大人たちが何人も駆けずりまわることとなり、役職を失ったりした。5歳になったころ、彼女はこう言った。
「私は魔法が使えるの。」
子供の戯言だ。しかし、僕はその「魔法」を叶えなくてはいけない。猫が消せると言われたら、僕は猫を自分の部屋へ連れていき、「猫が戻ってくる魔法」を言われる日まで一緒に眠った。
チョコレートのお城が作れるのと言われた時は、
「お嬢様、チョコレートの精たちが明日の朝には魔法のお城を届けるそうです。」
と耳打ちし、お抱えのパティシエたちへ早速指示を出し急がせた。朝には美しいチョコレートの城が出来上がり、君の目覚めにあわせて厨房から運ばれた。君は大はしゃぎでベッドの上を飛び跳ね、太陽のように明るい笑顔を見せた。
そうだ、僕にとって君は太陽だ。君の髪から漂うカラブリアのネロリとオレンジブロッサム。メイドたちがベッドサイドに置いた自国産のジャスミンサンバック。庭から収穫されたマンダリンとベルガモット。はじけるように、陽気に香るフロリエンタルの芸術。君の香りは、君の居る場所すべてで構成されている。僕は自分の務めを最後まで果たすつもりだ。
僕は君の願いを叶え続けた。君は邪というものを知らずに成長していった。君は闇を知らなくていい。君を脅かすものはすべて僕が引き受けよう。意地悪をした学友や、体罰を与えた教師は、翌日には姿を消した。君の手を噛んだ犬は、何者かに首輪を外され逃げてしまった。それからも君に不都合なものは、いつも忽然と姿を消した。
17歳になり、君は嫁ぐことになった。相手は、皇子だ。2年前に城内のミーナ・バザールで君と出会い、一切の邪念がなく賢く美しい君を運命の人だと思われたそうだ。あぁ、なんと喜ばしいことだろう。帝国を守る美しい王と王妃になり、未来永劫歴史に名を遺す存在となるのだ。皇子は君のことを心から愛し、君もその愛に応えた。僕は、この二人にどんな横槍も入れさせやしないと誓った。
皇子と君の子供は何人も生まれ、その度に色々な出来事が起こったけれど、僕はその都度適切な処理を行った。皇子は片時も君と離れたくないと、戦場へも連れていった。僕は危ないからやめてほしいと本音で思っていたが、君が僕のことも必ず同伴してくれたから、まだ許せたよ。
ある夜、敵国の女が戦地の混乱に紛れ皇子の命を狙い、動きだした。
あらかじめ息のかかった兵士を潜り込ませ、寝所には馴染みの守兵がいないよう細工されていた。女は昼間のうちに君の衣を洗い場から盗み、それを纏って寝所へ忍び込んだ。顔を覆うようなヴェールだったから誰もが偽者とは気づかなかった。夜闇の中で、女はまるで君のように見えた。侍女たちですら、衣から漂う君の香りで君自身だと思い込んでしまったんだ。
女は寝所へ滑り込み、物陰に隠れ、君が入浴から戻ってくるのを待っていた。君さえ殺してしまえば、後から寝所へやってくる皇子に、君のふりをして近づき、寝床で皇子を襲うことができる。
僕は君が入浴から戻る前に、部屋に小さな灯りをつけておこうと寝所へ入った。君が真っ暗闇が苦手だから、子供のころからこっそりと侍女たちには内緒で灯りをつけておく習慣があったからだ。
真っ暗な部屋に入った瞬間、僕には分かった。君の香りに溢れた部屋の中で、どこか湿ったような濁った香りを感じた。僕が振り返り様にナイフで女の頸動脈を切るのと、女が僕の背中に短剣を突き立てるのは同時だった。
血を吹き出しながら女はすぐに倒れた。恐らく即死だったと思う。僕は素早く女を洗濯用に麻袋に押し込み、引きずりながら守兵の居ない侍女用の通用口を使って外へ出た。床についた血はきれいにふき取ったから、ここでそんなことがあったとは、君も皇子も気づかないで済むだろう。
袋を引きずるのもやっとだった。でもやり遂げなければならない。僕は自分の口から血が噴き出す度に吐き捨てながら、ようやく運河までたどりついた。麻袋を運河に投げ込み、僕はもう一度城まで戻るつもりで身体の向きを変えた途端にふらついた。全身に走る痛みとともに、僕は河へ落ちていった。これまでの罪を全て背負って、深い深い水の底へ沈んでいった。
ねぇ君、僕がいなくなっても寂しがらないでくれ。僕は風の中に還ったんだ。愛の神殿でオレンジのそよ風になって、君のまわりを揺れている。君の香りの一部になれたんだ。こんなに名誉なことはないよ。
二人の幸せを、愛の日々が1日でも長く続くこと、心から祈っているよ。
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