CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日

内的感覚と情念のフーガ

魔法の香り手帖
ミルコ ブッフィーニ フーガ オードパルファム

テーブルの上のフルーツ籠から、桃が1つ転げ落ちた。淡いピンク色の、ベルベットのような手触りの、愛らしい桃。やわらかく甘い芳香。テーブルの上を、転がり、そのまま床へ。グシャリと音がした。愛らしい姿は、歪んでしまった。私はそれを丁寧に広い、手のひらに乗せた。群から離れても、私はあなたを必ず探すから。


27年前、1997年。私の通う女子大は、本校が都心にあり、学部によって離れたエリアに3校あった。私はその離れたエリアの1校に通っていた。都心から電車で1時間くらい揺られた場所であるため、東京とは思えないほどのどかで、緑が豊かな場所だった。最寄りの駅にすら、ほとんどお店はなく、大学の近くにかろうじて1軒カフェがあるくらいだった。学生たちは皆、校内の食堂を利用するか、授業が終わるや否や駅に直行して、新宿や渋谷に出て遊ぶのが日常だった。

大学は山の中にあり、急こう配な階段をひたすら昇って、ようやく第一校舎にたどり着く。もう少し昇って第二校舎、さらに昇って第三校舎と、高低差がある造りだった。毎日が運動状態で文句を言う学生も多く、そもそも、あまり自分の通う大学に愛着がある学生はいなかった気がする。それもそうだ、華やかな女子大生の日常が、1軒しかカフェのない駅で、山の中の校舎に通っているのだから。

ある時、私たちは大学の敷地内で、授業として「ゴルフ」を体験することになった。そう、あまりに山の中すぎて、大学側がゴルフができるコースエリアを作ってしまったのだ。そして「社会人になればゴルフ付き合いも生じるかもしれないから、今から慣れておきなさい」という大学の意向だとも聞いた。当然、学生たちはゴルフなどほとんど経験なし。1クラス30名程度が、3班に分かれ、コースをまわることになった。私も当然初心者で、慣れない手つきでクラブを握り、何度も空振りをする始末だった。皆、きゃあきゃあ言いながら、コースを進めていった。

私の唯一の親友である、結子がいないことに気づいたのはコースを周り終えた時だった。私とは違う班だったので、どこにいるか気にも留めていなかったが、全部で30名いた生徒は、最後29名になっていた。ゴルフ用に呼ばれた臨時指導員は焦り、皆で彼女を探そうと言った。大学の敷地内のゴルフコースとはいえ、東京ドーム1個分はあったと思う。私たちははぐれないよう、班のまま探すことにした。結子のいた班の女の子たちは「始まるときには、絶対に居た」と言う。しかし、皆が交代しながらコースを進んでいく間、一体どのタイミングで結子が居なくなったのか分からないという。携帯に電話をかけてみたが、直で留守電へ。私たちは暗くなるまで探したが、彼女は見つからなかった。これ以上は探す方の足元が危険だということで、その日は解散となった。

私は自宅に着いても落ち着かない気分だった。何度も結子に電話をしてみたが、状況は変わらなかった。こんなに親しいとは言え、彼女の実家の連絡先はわからない。そんなものかもしれないが、携帯ひとつ通じないとこんなにも連絡手段がないのかと愕然とする思いだ。翌朝、私は一限の授業はなかったが、大学へ向かった。


私が良くいる第三校舎のロビーに行ってみたが、あまり人はいない。一緒にゴルフ授業に参加したメンツは見当たらない。何人かに電話をかけたが出ない。もしかしたら授業に行ってしまったのかも。第一校舎の生徒事務局まで移動し、若い事務員さんへ聞くことにした。事務局なんて、普段あまり利用することはないけれど、生徒の情報は一番集まっているような気がした。

「すみません、昨日ゴルフの授業中に、生徒が1名いなくなって探したんですが、見つからなかったという話、共有されていますか?」

「あ、はい。聞いております。」

「見つかりましたでしょうか?」

「いえ、まだ見つかったとは聞いておりません。」

「携帯に連絡してもつながらないんです。彼女の実家の連絡先を教えてもらえないでしょうか。」

「すみません、それは個人情報になりますので…。」

「どうした?大丈夫か?」

通路の向こうから、彼女の上司と思われる中年の男性がこちらに歩いてくるのが見えた。白髪交じりだが、はっきりした目元と凛々しい眉で、若い頃はかっこよかったんだろうなと思う顔だ。しかし、決定的に覇気がない。肌もくすんでいて、髭も剃り残しがある。ヨレヨレのシャツにニットのベストを着ている。

「もしかして昨日の騒ぎのことか?行方不明の子、こっちも連絡がとれなくてね。朝イチに、職員全員で敷地内は見てまわったけれど、やっぱり見つからなかった。君は仲良かったのかな?」

「はい、親友で…。」

「それは心配だね。大学としては、もう通報が必要かもしれないと考えているんだ。もちろん君たちの年齢なら、彼氏の家に行って大学をさぼってしまうなんてこともあるだろうから、何でもない結果となる可能性も高いんだが‥。君、彼女の住んでいるマンションには行ったことあるか?」

「はい…。何度か遊びに行っています。私、この後見に行ってきます。」

「授業は今日無いのかな?」

「あ、いえ、11時からありますけど、結子が心配なんで出ないで行こうかと。」

「いやいや、そんなことはさせられないよ。じゃあ、私が行ってこようか。君の名前と携帯番号を教えてくれるか?あとで、連絡を取り合おう。」

「いいんですか?じゃあ、お願いします。」

彼の役職は事務局長ということだった。普段、関わりなどないので知らなかった。しかし、大人が出て来てくれてよかった。とりあえず任せよう。不安はありながらも、私はほんの少しだけホッとしていた。

池と建物

授業が終わり、夕方になった。外は、濃い緑と樹々の匂いが立ち込め、敷地内に作られた小さな川のせせらぎの音がしている。事務局長からは「マンションへ行ってみたが、応答はありません。管理人さんに確認しましたが、昨日の朝いってきますと声をかけられた時以来、見ていないとのことでした。」とショートメールが来ていた。結子は戻ってない…。私はもう一度、事務局へ向かった。大学の入り口には防犯カメラがあったはずだ。その映像は見れないのだろうか。

「すみません、事務局長いらっしゃいますか?」

今朝の女性事務員が、口をもごもごさせながら立ち上がる。ふわっとアーモンドの香りがした。ナッツでもつまんでいたんだろう。

「外出しています。今日は戻らないとのことでした。」

「あの、学校に防犯カメラっていくつかありますよね?その映像って、どこで見れますか?」

若い女性事務員はちょっと困った顔をした。

「うーん…多分警備員室ですかね。私はちょっと分からないですけど…」

私はお礼を言い、その足で警備室へ向かった。警備室は大学の敷地内の入り口、正門の脇に在った。30代くらいの体の大きな男性警備員が、軽いあくびをかみ殺して座っているのが見えた。私が防犯カメラの映像を見せて欲しいと言うと、かなりゴネたが、何とか頼み込んだ。昨日のゴルフの授業があった14時以降の映像を見せてもらうことができた。大学の敷地の入り口の映像では、14時以降結子の姿は確認できなかった。第一校舎、第二校舎、第三校舎の入り口すべて、らしき人物は見当たらない。でも映像の途中で、何だか変なところがあった。急に映像が乱れたような感じだった。

「あの、こういう映像って、加工とかできるんですか?ほら犯人が自分に都合の悪い映像だけ、細工したりとか。」

「あのねぇ、君、ドラマじゃないんだから、無理に決まっているでしょうが。この映像を、僕たちが居ない隙に取り出して持って帰って家で編集して、また居ない時にセットしたってことになるでしょ?不可能ですよ。」

「警備員さん達って、ここに居ない時ってあるんですか?普段は何人勤務ですか?」

「3名でシフト制だけど、居るのは基本的には1名だよ。この部屋に居ない時っていうと、朝と夜、校内のカギを空けに行く時と、締めに行く時、見まわりもするから、それぞれ30分づつくらいだねぇ。昼飯は弁当をここで食べてるから出ないし…。」

つまり、昨夜校内の戸締りをする際の30分で忍び込んで、映像データを奪い、持って帰るということになる。でも、同時に入口の門も閉められるから、出られなくなる。やっぱり無理か…。次から次にいろんな考えが浮かぶものの、どれもうまくハマらない。

「あと、敷地内でトラブルがあった時も、ここを留守にするね。」

「ってことは、昨日女生徒が居なくなった騒ぎの時も駆けつけましたか?!」

「指導員のお兄さんが飛んできて、一緒に探してくれというので行きましたよ。」

「何時から何分間くらいのことですか?」

「えーと、16時くらいから出て、皆さんと一緒に暗くなるまで探してたから18時前くらいでしたかね。」

2時間もある。その間に、データを盗むことはできる。ただ、戻すことができない。朝持ってきても、警備員は門と校舎を開錠した後は警備室に居るから、データはその前に戻さなくてはいけない。もし結子が映っていて、何か不都合があるとしたら、昨日の14時~18時の間、行方が分からなくなって捜索が終了するあたりのこと。でももし、“大学の敷地内で動画を編集できるとしたら…?”。2時間の間にデータを盗み、夜の間に編集し、警備員が朝警備室のカギを開け、その後敷地内の開錠と見回りに30分不在となった隙に戻すなら可能かもしれない。

私は自分の荷物をひったくるように取ると、警備室を飛び出した。

「おーい!もういいのかー?」

警備員の驚くような声を背中で聞きながら、外階段から校舎に向かおうと走った。誰か大学の人に聞きたい。第一校舎に入る直前、入口から出てきた一人の教授とぶつかった。普段、彼の授業をとってないが、私は思わず口にした。

「先生、大学内って、動画編集できるパソコンってどのくらいありますか?」

「なんだね、君は急に…謝るのが先じゃないか?動画編集できるパソコン?うーん、ほとんど無いと思いますよ。聞いたことがないし、私自身そういう使い方をしたことも無いからね。」

当時、大学内にあるPCは授業のためのソフトが入っていても、動画を編集できるようなスペックは無かったのだ。

「授業用以外のパソコンって、何台くらいあると思いますか?」

「就活生用に、検索するためのパソコンは2台あるよ。」

大学1年生の私は無縁のものだった。どこにあるかすらパッと思い浮かばない。

「それはどこにあるんですか?!」

「この第一校舎の、就活情報の紙が貼ってある場所の下にあったと思うが…。」

私はお礼も言わずに、また走り出した。ごめんなさい、今はそんな余裕がないの。すぐに校舎へ駈け込んで、食堂や教室で就活情報の紙が貼ってあるという場所を探す。その場所は、生徒事務局に隣接した小さな小部屋だった。これまた小さい看板で「就活情報ルーム」と書いてあった。こんな場所があったこと、今まで気づきもしなかった。その時、何か、自分でも何か分からないくらいの、もやっとした不安を感じた。

事務局のお姉さんにまた聞こうとしたが、覗くと誰もいなかった。トイレにでも行ったのかもしれない。私は勝手に事務局の中に入っていき、何か違和感がないか見てみた。4つのオフィスデスクがあり、一番奥が事務局長、その手前に4名の職員が座っているのだろう。私は何か見つからないかと、そのデスクの周りをうろうろと徘徊した。少しよろめいて、机の角にあたり、机上のあった書類ケースを落としてしまった。慌ててしゃがみこみ、散らばった中身を拾い集める。しゃがみこんでみなければ、気づかなかっただろう。ある机の下、引き出しの裏側にMOディスクが貼り付けられていた。とっさに私はそれを剥がして上着のポケットに入れた。

その時、女性事務員が戻って来るのが見えた。私は机の影に隠れながら、そっと書類ケースを戻し、事務員が入ってくるとの逆のルートをしゃがみながら移動した。そして彼女がリップを塗りなおそうと鏡を見た瞬間に壁に隠れ、まるで今外から現れたように登場してみせた。

「あの、隣の就活ルームのパソコンって、使ってもいいですか?」

「構いませんけど、あなた…就活生じゃないでしょ?」

「ちょっとホームページを検索したくって、借りちゃダメでしょうか?うちにはパソコン無いんです。」

「そのくらいならいいですよ。出るときは声かけてね。」


私は就活ルームに入り、パソコンの音量を下げて、先ほど盗んだMOディスクを読み込ませた。そこには映像が1本入っていた。日付は昨日、15時半過ぎ。第三校舎のロビーに設置された防犯カメラに、結子は映っていた。そして、もう一人…。

「使用許可はとったのか?」

モニターに人影が映り込んだのと同時に背後で声がした。私はそれが誰だかすぐにわかった。意を決して、でも落ち着いて見えるように、ゆっくりと振り向く。

「はい、事務局のお姉さんに使っていいと言われました。」

「MOディスクを見てもいいと言われたのか?」

「いえ、それは言われていません。」

事務局長はゆっくりと近づいて来た。彼からはとても疲れたようなニオイがした。

「今日は戻らないとおっしゃってませんでしたか?」

「急に用事を思い出してね。」

「私を…殺す必要があると思い出したんですか?」

「…僕は何かミスをしたのかな。君に勘づかれるようなことは言った覚えがないがね。」

「今朝、私は結子のことを事務局に聞きに行った時、“君、彼女の住んでいるマンションに行ったことあるか?”ってあなたが言ったんですよ。彼女が住んでいるのが“マンション”だって、何で知っているのかなと思いました。」

「生徒の記録は事務局にあるんだ。行方不明になった生徒の住所くらい調べるさ。その時マンションっぽい名前が載っていればわかるさ。」

「彼女の住んでいる建物は、ソレイユコーポ調布だもの。アパートかマンションかなんて、名前だけじゃ判断できない。それなのにあなたはマンションと断言した。それは知っているからよ。行ったことがあるからよ。今だって、結子の家から戻ってきたんでしょう?」

「違うよ。僕は今日、彼女の家には確認に行っていないんだ。」

「でも、大家さんにも確認したってメール…」

「まだ気づかないのか、行っていなくたってそんなこと書けるだろう?僕は君が授業へ向かった後、敷地内に残って、君をずっと観察していたんだ。何かに気づくんじゃないかと気が気でなかったんですよ。」

「警備室へ映像を盗みにいくことができて、学校内で映像をいじることができる場所のことを考えた時、校内の人間が関わっているんじゃないかと思ったわ。でもパソコンなんて授業で使う以外に、校内で見たことがないし。偶然、教授に教えてもらって、パソコンが就活ルームにあって、それが事務局の隣にあると知った時、事務局には何かあるような気はしました。」

「それでこっそり忍び込んで、僕のデスクを調べたんだね。君は勘がいいね。」

「結子は…どこなんです?あなたは結子とどんな関係なの?」

「彼女が一人暮らしだと知っているのは、僕がそこに行ったことがあるからさ。何度もね。僕の家に来てもらう訳にはいかない。当然、家族がいますからね。」

「結子があなたみたいな冴えないおじさんと?そんな訳ない。」

「親友といっても、大して深くは知らないものですからね。さぁ、そろそろお喋りはやめましょう。血が出ると厄介なので、締め上げます。」

事務局長は革手袋をして、ピアノ線のような細い糸を手に持ち、一気に私に飛びかかった。逃げようとしても、狭い就活ルームの中、身動きがほとんどできない。私はどんどん首を締めあげられ、彼は私を背負って絶命させようとした。その瞬間、ルームの扉が大きな音を立てて開き、警備員が飛び込んできた。

私は事務局長の背中から滑り落ち、激しく咳き込みながら、まるでドラマのスローモーションのように揉みあう二人をぼんやりと見ていた。身体の大きな警備員が太い腕で事務局長を突き飛ばしたのを見ながら、私は意識を失った。


目が覚めた時、病院だった。数秒間とはいえ、首を絞められたため、何日か様子を見るために入院となり、細いピアノ線が首に食い込み過ぎて、皮膚が切れ、あざにもなっていた。大学から知らせを受けた両親が、慌てて駆けつけ付き添ってくれた。私はすぐに、警察の事情徴収にも協力をした。そして、わからなかった全貌が見えてきた。

事務局長は結子と愛人関係にあるような口ぶりだったが、ただ事務局長が一方的に結子に入れあげているだけだったようだ。彼は大学で生徒たちに配布する製品などを業者へ水増し請求し、その金を着服していた。彼があまりに高価なプレゼントを何度も結子へ渡したため、結子は不審に思い、彼のことを調べ不正に気が付いた。そして、それを大学へ言わないかわりに、着服を辞めて、自分にも一切関わらないでくれと言った。それがゴルフ授業の前日のことだった。

当日、彼は結子にもう1度だけ話し合いたいと言った。結子は二人きりになることは危ないと考え、大勢の人がいるところでならいいと言ったそうだ。そこで彼は、ゴルフ授業の合間、第三校舎のロビーで話そうと言った。結子もさすがに自分のクラスの生徒たちに、事務局長と二人で話しているのを見られるのは嫌だったのか、ゴルフ授業の合間なら、そして人の居るロビーでならと応じた。

ところが、その日、第三校舎のロビーには内装の修繕業者が入っていて、大きな音を立てていた。事務局長は、もちろんそれを事前に知っていて、むしろその日にぶつけて彼が業者を呼んでいた。音がうるさくて話が聞こえないから、第三校舎の裏の果樹園で話そうと結子を誘導した。その時、ロビーから外に出る様子が、防犯カメラ映像に残った。

木の生い茂る建物

この果樹園、私は存在すら知らなかったのでピンとこなかった。ほとんどの生徒が知らないのではないか。何故ならこの大学は、正門→第一校舎→第二校舎→第三校舎と、敷地内の階段をあがっていく。山の斜面に沿って建てられている。食堂や事務局のある第一校舎、講堂と語学学習ルーム、授業用パソコンルームがある第二校舎、そして通常の授業を行っている第三校舎。その3つで生徒たちの行動は完了している。第三校舎の向こう側に何かあるのか、行ってみようなどと思いもしない。

退院した私はその果樹園へ行ってみることにした。日曜日だったが、特別に開けてもらうことができた。警備員さんは、私が慌てて警備室を飛び出したあの日、携帯を落としていったのを追いかけてきたそうだ。どこに行ったか分からず、あちこち探していた時に、第一校舎から階段を下りてくる教授と会った。そこで私が第一校舎に入っていったことが分かったそうだ。事務局長と私の話し声を聞きつけ、いつ押し入ろうかと部屋の外で待機していたらしい。彼が居なかったら、私はもうこの世に居なかったかもしれない。

果樹園は、第三校舎の裏に、ひっそりと作られ、桃の木が育てられていた。薄桃色の桃の花が咲いている。サーっと山から風が吹くと、小さな花は小刻みに揺れた。結子は、桃の木の果樹園を通り過ぎた奥の森林で見つかった。細い紐で首を絞められていて、息は無かった。果樹園に比べ、ほとんど陽の光があたらない、鬱蒼とした樹々の中だった。

もしも、もしも居なくなったあの時に、夕方見つけられていたら、彼女はまだ助かったんだろうか。彼女が授業から抜けたことに気づけていたら、この果樹園を見つけられていたら。第三校舎方向は、事務局長が探したと言って、誰も疑わなかったそうだ。誰にも探させないように画策していた。

香りのしない桃の木を見上げながら、どこかから桃の香りがするような気がした。それは普遍的で、どこか懐かしく、情念すら感じた。結子の最後の想いだったのかもしれない。

あれから27年が経った。私は大学の在った場所から離れて就職し、一度も大学を見に行くこともなかった。それでも桃を見ると、思い出す。19歳だった彼女を。やわらかな頬を。


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■ミルコ ブッフィーニ フィレンツェ
『ミルコ ブッフィーニ フーガ オードパルファム』
(30mL ¥19,250)
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美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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