「暑いか寒いかどちらが好きか」と問われたら、間違いなく「寒い」を選ぶ私にとって、夏は決して好きな季節とは言えない。毎日暑い日が続くが、特段今年の夏は暑く、地球が悲鳴を上げているように感じる。焦げるような太陽の光に照らされた都会のアスファルトの上を、今日も歩いて打合せへ向かう。熱にさらされ、足の甲にはサンダルの跡が残り、歩くだけで汗だくになり、髪も肌もゴワついていく気がする。
「夏なんて嫌いだ。」と思うものの、振り返れば様々な思い出が浮かぶ。子供の頃は、家族で田舎の祖父母の家へ車で行き、従妹たちと沢山遊んだ。巨大迷路や冷えたアイスクリーム、近くを流れる滝の水、うっそうとした草むらの濃い緑色。都会へ戻る車の中、渋滞の赤いランプが点いては消え、私は疲れて後部座席でごろんと横になっていた。すると後部座席の窓が頭上にきて、星空が見えた。星空を眺めながら、車に揺られていたことを思い出す。自由研究や、夏の宿題、朝のラジオ体操で貰ったジョアも、今となっては懐かしい。あの時の夏の匂いをふと思い出す。
夏に海外やリゾートへ旅行に行く人も多いが、私は今も昔も帰省以外の遠方移動はほとんどしない。その代わり、春や秋に旅に出る。だから私にとっては、夏=旅という体感は、実は個人的にはあまり無い。それゆえ、夏の思い出が旅先やそれにまつわるエピソードではなく、もっとドメスティックな出来事で構成されているのだろう。
20代の頃は、金曜と土曜の夜は夜更かしをすると決めていた。友人たちと夜通し遊んで、夜の公園でベンチから夏の星空を眺めたり、一人の日は家で夜通しラジオを聴いた後、朝陽を眺めながら玄関先に座っていたことも多かった。夏の夜は長く感じる。じんわりと熱を帯びたまま、夜の時計が進む。
30代の頃は、過酷な仕事が多かった。土日も炎天下のもとイベント運営をして、ヘロヘロになっていた。疲れと達成感、ぼんやりする意識の中で、夕暮れから夜になっていく切ない空気感と香りが好きだった。大人になってからは圧倒的に、私の夏は夕暮れから夜にかけての記憶と思い出が多い。
今年の夏のはじまりに、キャロンのオーデコロン「イーヴラ・ド・リベルテ」を纏い始めた。調香師ジャン・ジャック氏は、最新技術のCO2抽出されたジンジャーエッセンスに平手打ちを受けたような衝撃を感じ魅了されたという。香りに平手打ちを受けたような衝撃を受けることが、私自身も稀にある。自分の嗅覚の経験値に無い、その存在感、ストーリー性など、人生に影響を及ぼしそうな香りは確かに存在している。ジンジャーエッセンスに、その対極にあるホワイトムスクを合わせ、まろやかさと爆発力を兼ね備えたこの香りは、私の夏の記憶を子供の頃から今まで呼び起こさせた。
レモンの新鮮な空気で、夏の朝の澄んだ空気と公園を思い出し、オレンジブロッサムやバーベナが笑い声の絶えない夏休みを呼び起こした。死ぬほど働いた頑張りは強いジンジャーエッセンスと、夜空や夜明けはホワイトムスクの優しさが包んでいる。この香りは旅がテーマにもなっているから、きっと多くの人は夏旅の記憶と重ね合わせるのだろう。そう思うと、夏旅も色々経験しておけばよかったのかもしれないが、今年の夏も暮れてゆく。人はそう簡単には変わらないのだ。
夏の匂いが、夏の香りが、あって良かったと思う。
夏なんて嫌いだ。
でも、夏があって良かったと思う。
【掲載商品】
■CARON
「イーヴラ・ド・リベルテ」
(30mL ¥14,850)
株式会社フォルテ
Tel. 0422-22-7331
http://www.forte-tyo.co.jp/