分かり易いことと、本質が伝わることは別問題だ。
時に、世間は分かり易いことを執拗にまで求める。分かり易い流行、分かり易い音楽、分かり易い記事、分かり易い匂い…。それらは束になって、私たちに「理解」と「購買意欲」を要求する。どうだ、分かり易いだろう?だから買いなさいと。大ヒットして、社会現象になって、どこかの誰かが大金を手にする。そうして経済はまわり、産業が活性する。それは素晴らしいことでもある。むしろ、それが無ければ国は滅びてしまうかもしれない。
しかしながら、私はその要求に応えない香りが好きだ。誰かの強い意志とイマジネーション、または記憶の中の景色や感情の投影、価値が決まらぬうちから用意される長い創作時間。そういった香りは、決して言いなりにはならない。
香水は纏う人物が居なければ、成立しない。
高圧的に服従させられるのではなく、人と香りが互いを高め合う芸術であると思う。どんなに美しい香りも小瓶に入ったままでは、本来の力を発揮しているとは言えない。人の肌と交わってこそ、その魅力を最大限に放つ。
NARSからこの香り「オーデイシャスフレグランス オードパルファム」が発売されると知り、ビジュアルを見た瞬間、モノクロで描かれていることに驚いた。しかしそれは、調香師オリヴィア・ジャコベッティが、フランソワ・ナーズの世界観をより深く描きたいと考え、NARSならではのメーキャップによるカラフルな世界から香りのクリエイションを逸脱させたゆえの、あえてのモノクロである。
フランソワ・ナーズは、オリヴィア・ジャコベッティに最初にこう伝えたそうだ。
「分かり易い香水は求めていない。ミステリーを求めているんだ。夜に咲く花のような…。」
あぁ、なんと嬉しい言葉だろう。世界的ブランドであるNARSが、その本質を伝えようとしている香りは「分かり易くない」のだ。そうして、光と闇、センシャリティと個性といった抽象的なコントラストを表現し、ミニマルでモダン、奇抜で個性的な雰囲気を醸し出す、まさに”オーデイシャス=大胆”を体現しているフレグランスが生まれた。
トップノートは、誘いかけるようなプルメリア、スモーキーなインセンス。
ミドルノートは、官能的なティアレ、イランイラン、サンダルウッド。
ベースノートは、ほのかに香るホワイトシダー、ホワイトムスク。
ティアレの花とスモーキーなインセンスは、暗い霧に覆われている花をイメージしていると言う。ティアレの白の雰囲気を、あたたかなウッドとインセンスが繊細に包み込み、霧に包まれたフローラルはよりパーソナルな内面と秘密、心の奥底に眠る感情などを感じさせてくれる。
まるで物語が描かれていくように、言葉選びが香りとなる。言葉と香りは切っても切り離せないものであり、美しい香りには美しい言葉が必要なのだ。私はこの香りを纏った時、霧の中の花を追いかけた先に、とても無垢でシンプルな情熱が眠っていると感じた。その根幹は、自然の秩序の中で産声を上げ、最後は大地に眠る、私たちの生きるエナジーであろう。
【掲載商品】
NARS
「オーデイシャスフレグランス オードパルファム」(¥19,000+税)
2019年10月23日(水)より、伊勢丹新宿店、阪急うめだ本店、NARS Cosmeticsオフィシャルサイト限定発売
NARS JAPAN
Tel.0120-356-686
www.narscosmetics.jp