CheRish Brun.(チェリッシュブラン)

好きと心地よいがつくる、私らしく楽しい暮らし

ソフィー・ヴァクリー

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エタ リーブル ド オランジェ

当たる光が弱ければ、浴びる毒も少ない。顕示欲、承認欲求。最近はそのバランスに苦しめられている。

ソフィー・ヴァクリーは最近よく夢を見る。暗い森の中を、馬に乗って走っている。光を遮るような鬱蒼と生い茂る樹々の間、暗闇と光が交互に道を照らす。光、闇、光、また闇。前を向いて走るソフィーは、ふと傍らに気配を感じる。あぁ、あなたが居てくれたのね、エルザ。とても心強いわ。いつも私が苦手なことを、気づかぬ間に上手に処理してくれるあなた。「ソフィーは無理しなくていいのよ、少し休んでいてね。」と温かい言葉をかけてくれる。

濁った水溜まりを馬が跳ね、土の香りが樹液と重なりアーシーに立ち込める。暗闇の向こうで何かが動く。きっと私たちが知らない怪物。エルザは薔薇とライチの円やかな香りを放ち、そっと私を慰める。

二頭の馬はずっと走り続ける。終着点は何処なのかしら。突如、目の前は崖となり、馬に乗ったまま転げ落ちてゆく。身体が重力を感じて、スローモーションのように懸命にもがきながら、無重力地帯へとたどり着く。見たことのないほど邪悪に笑いかける血まみれのエルザ。あなたは誰?


最上階からの眺めが美しい夜。男は動物的感覚を高めながら本物のファーコートを撫ぜていた。ベッドに横たわるエルザは、きめ細やかな肌を露わに、黒の繊細なランジェリーを纏っていた。

エタ リーブル ド オランジェ

「君はこういうタイプには見えなかったね。」

男は鑑賞物に不躾なまで目線を送りながら、声をかける。エルザは肘を立てて身体を反転させ、こちらを向いた。

「それは、あなたが1人の私しか見ていないからよ。」

「女はいろんな顔を持つ?」

「えぇ。清純そうな子に、みんな夢を描くでしょ。汚れないものが好きだから。でも実在しないの。みんな忘れているわ、偶像だって。」

「だから面白いのさ。他人が知らない姿を知っている優越感もね。」

この密会は、ファム・ファタルの儀式と呼ばれていた。この男のお眼鏡に叶うかどうかは女たちの技量にかかっていたが、その加減は計り知れない。自ら志願したか、推薦されたかによっても、ポテンシャルは違う。話下手な女は懸命に身体を使い、話術が巧みな女は冴えた会話を心掛けた。従順が良いのか、あえての反抗か。1つ分かっていることは、運命を変える程、大きく仕事が左右されるということだ。

エルザはスミレとスズランのパウダリックな香りを漂わせながら、柔らかい唇でレースをほどいてゆく。人肌の温かさ、枕元の薔薇、ほろ苦い甘い渦。全て脱ぎかけたところで、パチンと全ての照明が灯された。

「合格だ。君は最初から最後までファンタジーを見せた。どれも真の君では無いのだろう。全てが本当で、全てが嘘。僕が理想とする女を演じ切り、真実のように自らの中に誕生させた。なかなか出来る芸当じゃない、怖いくらいだよ。虜にするのに、誰のものにもならない。」

エルザは女神のように微笑んだ。


大きな声でカットがかかり、ソフィーは息をつく。撮影と主演女優を一目見ようと野次馬たちが、遠くのフェンスに顔を押し当てているのが見える。パラソルを持った女性スタッフが、慌てて駆け寄ってきた。愚鈍ね、スタンバイしていなさいよ。

あれから幾度も悪夢を見た。海外の人身オークションにかけられたり、格上の女優の顔を潰したり、手足を赤く染めて暗闇の中を歩いたり。おぞましいものばかり。頂点に立ちたい反面、何かに怯えている。そんな気持ちが夢に現れるのだろう。

鏡を見る。大丈夫だ、私は美しい。時代のアイコンよ。

ふと目に違和感を感じ、鏡をもう1度見る。右の眼頭からダラリと血が垂れた。ソフィーは絶叫し、スタッフからタオルを奪って目を抑えた。

「何を突っ立ってるのよ!救急車を呼んで!目から血が止まらないわ!」

周囲は怪訝そうに誰も動こうとしない。痛みに耐えかね、ソフィーは倒れた。恐る恐るスタッフたちが近づき、顔を覗き込む。その瞬間、ソフィーはパチリと目を開け、ゆっくりと立ち上がった。

「ごめんなさい、即興演技の練習なの。次の映画がホラーでね。」

スタッフたちは安堵しながら一斉に笑い、その場の緊張がほどける。

「迫真の演技だな!また君を起用しなきゃな。」

有名演出家が肩をポンと叩く。ソフィーは土埃を払い、待機椅子に座った。

エタ リーブル ド オランジェ

そう、あなた苦手なことでしょう?多くのスポットライトを浴びるのも、スポンサーに自分を売り込むことも、ライバルを消すことも。本当は地味な性格のくせにバカね。あなたらしさを解放してあげる。永遠に、陽だまりの中で眠っていなさい。

「ソフィーさん、お願いします!」

撮影再開だ。決められた位置に立ち台詞を言う。完璧に。

「すみません、カメラの調子が悪いみたいでもう1回…!」

何度も繰り返すうち、周囲がざわつき始める。

「何なのよ?トラブル?」

ソフィーはたまらず、監督の元へ駆け寄った。撮られた映像を覗き込むと、そこには先程までとは別人のような女が映っていた。いや、容姿は変わらない。でも決定的に何かが違った。品の良さ、純真な瞳、少し上がった控えめな口角、世間が愛するソフィーの姿は無かった。下品に笑う、目を血走らせた女が、じっとこちらを見ている。これが私?

「こんなの私じゃないわ!違う!もう1度撮ってよ!」

周囲は言葉を失い、その目線は次第に、疑わしい者を見る目に変わっていった。そうだ、汚れ仕事はあんたには似合わない。聖女のようなアイドル女優、それがソフィー・ヴァクリー。私はいつだって、あんたの影として生きてきた。あんたさえ居なくなれば、私が全てを支配できる。だから眠らせたのに。

「エルザ・・・?」

呟いた彼女は、胸を苦しそうに抑えると崩れ落ちるように倒れた。美しい姿を皆が一斉に抱きとめ、顔を覗き込んだ。もう息をしていなかった。

ソフィー・ヴァクリー、君は誰だ?


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Author's Profile

美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラーYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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