CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日を送るライフスタイルマガジン

アペリティフの金言

魔法の香り手帖
ミラー ハリス ミリカミューズ オーデパルファム

「それで、また掲載品の変更が出ちゃって、お客様案内はどうするんだとか、上のおじさんたちにさんざん怒られたんですよ。ちゃんと発売日に間に合うってメーカーから聞いてたから、特集ページに目立つように配置したっていうのに、こんな校了直前で発売できないとか、変更が出ると思ってなかったし、もぅ本当に嫌になっちゃいました。結局、花島さんに相談して、別ブランドさんの商品を特集差し替えにしてもらえたんでギリ間に合ったんですけどね。でもそのせいで、彼女の誕生日祝いに間に合わないわ、帰ったらもうふてくされて寝てるし、それ以降連絡も取れなくなっちゃってブロックされるし、…あぁぁもうっ!てなりました。」

僕は一気にまくし立てて、ふぅーっと大きく息を吐き出した。職場の先輩である玲子さんが「ちょっと憂さ晴らしにご飯でもいく?」と誘ってくれたディナー。早めに着いた僕たちは、レストランに併設されたBARでアペリティフ(食前酒)を楽しんでいた。実は誘われたとき、僕がストレスを抱えていること、そんなに分かりやすかったのかなーとちょっと気恥ずかしい気持ちもあったが、いざ話し出すと不満や愚痴が止まらなくなってしまう。

僕たちはある商業施設のプロモショーンエディターチームで、年に4回の顧客向け冊子や、デジタルマガジンの日々の編集運営、施設にあるサイネージのテキストや構成まで請け負っている。自分たちが書きたいことを書くのとは違い、施設に入っているブランドの情報やニュース、POP-UP SHOPやセール案内など、細々とした情報を収集してアウトプットしていくのが仕事だ。それゆえ、ブランドやメーカー側からの変更に振り回されることが多い。今回僕が巻き込まれたのも、そんなところだ。

玲子さんは僕の一回り歳上で、チームではサブリーダーだ。山猫のようなビシッとしたルックスで、表情から感情が読み取りにくい。僕は玲子さんが仕事で焦っている様子を見たことが無い。いつも淡々とこなしていて、声を荒げているのも見ない。仕事していれば、ずっとトラブルが無いなんてことは無いだろうに、どうやって平静を保っているんだろうか気になる先輩ではあった。

「あの、玲子さんは仕事トラブったりしないんですか?」

「もちろん、あるわよ。」

そう言って、少し口を歪めて笑う。

「でも、あんまり怒ったり慌てたりされていないですよね。どうやって対応しているんですか?気持ち的に落ち込んだりしませんか?僕は同期や大学の友達と飲みに行って、みんなの苦労話聞いて、あぁ大変なのは自分だけじゃないんだーって安心してストレス発散しているんですけどー」

「佐野、ちょっと黙りなさい。外でベラベラ文句言っているだけで、男の価値下がるわよ。」

はっきり言われて、僕は一気に消音モードになった。

「文句や不満は、このアペリティフの時間だけにしましょう。ディナーに移ったら文句はおしまい。目の前の美味しい料理とドリンクと会話を楽しむの。」

「す、すみません。」

「謝ることじゃないわ。でも、一度仕事のことを忘れて、今居るこの場所の全体の匂いを感じてみて。」

「匂いを…?」

目の前のストロベリーやベイベリーのレッドフルーツが爽やかに香るグラスと、ラムをかけた小さなバニラアイス。カウンターの端に置かれたローズの花束、レストランからはスパイスの香りも漂っている気がするし、玲子さんからは化粧品だろうかパウダリーな匂いもする。それが融合して、何とも言えない甘酸っぱい豊かな香りがBARに広がっているのを感じた。

シャンデリア

「なんか…俺バカみたいですね。素敵なお店に誘ってもらったのに、ずっと愚痴ばっかり言って。」

隣の玲子さんは何も言わず、顎に指をかけて少しうつむいている。何となく口の端が上がって微笑んでいるようにも見える。

「さっき、トラブルにどうやって対応しているかって聞いたじゃない?」

「え…あ、はい。」

「今、佐野がやったこと、それのヒントかもね。」

「どういう意味です?」

「全体を見渡すのよ。このBARに漂っている香りを感じ取れたでしょう?自分に起きた問題を俯瞰で見るの。そうすれば、何をどう対応すればよいか、自然とバランスが見えてくる。全体が見えていれば、次に起きるトラブルも予測できるから、防ぐこともできるようになる。」

「全体ですか…。確かに目の前のトラブルをなんとか処理しなくてはと必死で、周りが見えてなかったかも。考えたことも無かったです。」

「必死になるのは当然だけど、仕事では常に客観的な視点を持つの。佐野はすぐに調子に乗っちゃうところもあるし、お人好しで頼られると断れないタイプでしょ?いろんな人の意見を全部聞いてあげてしまうから、結局全体のバランスを崩してトラブルを引き寄せてるのよ。」

「自分に問題があるのかなとはちょっと悩んでました…。」

「いいんじゃない?悩めるって成長できることだもの。ぽーっと生きてたら、ぽーっとした男にしかならないわよ。」

「これからは全体を俯瞰で見るようにします。」

「でも、プライベートは逆よ。目の前の人や時間に集中した方がいいわ。今は特に“私”にね。」

「え?」

その時レストランのスタッフが、「お席の準備ができました」と告げに来た。玲子さんはハイチェアーから降りるとき、少しバランス崩しかけ、僕は思わずサッと支えた。ふわふわと軽くなびく髪から、アペリティフのような甘酸っぱい香りがして、急に鼓動が早くなる。本当に転びかけたのか、わざとか分からないけれど、早速僕は目の前の出来事に集中することにした。この人は、これから僕のミューズになるかもしれない。微かに、そんな予感がした。

ミラー ハリス ミリカミューズ オーデパルファム

【掲載商品】
■ミラー ハリス
「ミリカミューズ オーデパルファム」
50mL ¥18,260 / 100mL ¥25,300
インターモード川辺 フレグランス本部
Tel. 0120-000-599
https://millerharris.jp/

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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