CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日

メランコリックポートレート

魔法の香り手帖
ペンハリガン ジ インピュデント カズン マシュー オードパルファム

「僕は、ど真ん中の人生じゃなくて本当に良かったですよ。入り組んだ人間関係を蚊帳の外から見ていられるんだから。でもたまに羨ましい時もありますよ。あぁ、僕も疑心暗鬼になったり、人を惑わせたりしてみたいなってね。」

そういうと彼は額から垂れたほんの少しの汗を、紳士らしく胸元からハンカチを出して拭った。野性的な男ならば、汗のうちに入らないくらいの汗を。彼の神経質さをいかにも表している動作に、思わず笑いがこみあげてしまい、私は慌ててにやけそうになるのを抑えた。


私がジョージ卿とブランシュ夫人の夫婦に興味を持ったのは、フランスから来た美青年、ボーレガードとの出会いにある。

ボーレガードは美しい微笑みと、スマートな身のこなしで、マダムたちを骨抜きにしていく術を持っていた。彼はその辺の女には興味はない。(適当に遊ぶ以外には) ボーレガードが狙うのは、あくまで大物。恋心を奪ったらすぐに、大金や宝石を持って姿を消す男だ。彼は他人のためには働かない。自分のために働く。そんなボーレガードが一番今執心なのが、ドロシア伯爵夫人だ。夫人の名誉のために、コートダジュールで出会ったことにしているらしい。

なぜ私がボーレガードの本性を知っているかって?

それはもちろん、私も同じ種類の仕事をしているから。私はボーレガードと同じターゲットを狙ったりはしない。彼と争ったところで、あの天性の才能としか言えない色仕掛けには敵わないだろう。私が狙うのはジョージ卿夫妻。その子供たちのスキャンダルも収集しておきたい情報だ。

汗を拭き終え、まだ覇気のないうつろな表情に戻ったその男に私は言った。

「ジョージ卿には愛人がいるって、昨日街のカフェで聞いたわ。本人だけが知られていないと信じている周知の事実でしょうけど。」

「あぁ、もしかしたら街中の人が知っているんじゃないかな。ブランシュ夫人にも気づかれていないと思っているのだろうけど、おそらく夫人も子供たちもみんなが知っている。だって、僕が知っているくらいだからね。」

「みんな分かっていて放っておいているのは何故かしら?」

「ラドクリフじゃ、跡目争いにはならないからだろうね。愛人との子供のことだよ。」

ジョージ卿と愛人クララの間にできた子供ラドクリフは、ジョージ卿の事業の跡取り問題や総資産の争いには無縁と思われているらしい。

「あいつは賭け事にあけくれている阿呆さ。借金が膨れ上がって、あちこちのBARで出入り禁止をくらってるんだ。」

「ジョージ卿のお子様たちは、ラドクリフのことを気にもかけていないのね。わざわざことを荒立てるのも面倒なのよ、きっと。」

「そういえば、僕、この間、いとこのヘレンに変なこと言われたよ。私たちの家族で一番の要注意人物はネルソン公爵よって。」

ジョージ卿の二人の娘、ローズとヘレン。そのローズと結婚したのが、ネルソン公爵。ローズはローズ公爵夫人と呼ばれているのだ。

「あいつは毎晩のように劇場に通って、一見フレンドリーな笑顔を見せながらも、何を考えているか分からない、食えない男よって言ってた。ローズは、控えめな性格だし、彼が主導権を握っていることは間違いない。恐らく彼の言いなりねだって。」

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「どうしてヘレンは、あなたに対してそんな話をするのかしら。」

「えっ、そんなの僕に聞かれてもわからないけど…。ヘレン、僕には昔から色々正直に話してくれるんだ。親族の中でも、僕はほら蚊帳の外の存在だからね。」

しかし、よくもまぁ、一昨日会ったばかりの私に、ペラペラと身内の話をするものだと思う。空やぬかるんだ道、たんぽぽを、ぼーっと眺めていた彼。私は、フランスから来て道に迷ってしまったと声をかけた。(もちろんウソ)

今日、彼がまだぼぅっと立っているところへわざと出くわして、この前道を教えてもらったお礼のように話しかけた。そして、雇っていただける予定でやってきた老舗の洋菓子店で、担当者の行き違いがあり雇ってもらえないことが分かったと話した。私の実家は、フランスの歴史ある家で、親や兄弟の反対を押し切ってまで夢のためにイギリスへ来たのに、雇ってもらえなかったら帰ることもできないと泣き崩れた。(もちろんウソ)

彼は気の毒そうに私を見つめ、「僕の一族も結構入り組んでいて大変なんだ…」と話し出したのだ。

「立ち話もなんだから、館の中にお入りよ。僕からローズへ話してあげる。ここはいつも人が足りないから、パティシエ1名くらい雇ってくれるんじゃないかな。」

素晴らしい橋渡し。これで私も一族の情報を、目の前で仕入れられる。そしたら、内側から崩すのなんてカンタンよ。財産や宝石、いただいたも同然。

「出会ったばかりなのに、親切にしてくださって本当にありがとう。」

「君が美人でなかったら、僕もこんなに助けたりしないよ。」

本当に、無礼で、口が軽くて、陰気な男ね。
私は全てを包み隠して、優雅に微笑みかけた。

「あなたの名前は?」

「僕の名前?あれ、まだ言ってなかったっけ。マシューだよ。ありきたりな名前さ。さぁ、まずは僕の双子のフローラを紹介するよ。彼女はいたずら好きでね、全部僕のせいにしてしまう困った奴なんだ。君が仲良くなれるといいけれど。」

「仲良くしていただけるといいな…少し不安だわ。」

「大丈夫だよ、僕がちゃんと後ろ盾になるからね。」

前を歩くマシューからは、はじけるようなマンダリンがそよ風に乗って舞いながら、同時に湿った土とダークな香りのコントラストを感じた。どこか洗練されているのは、彼が不自由なく育った貴族の一族たる所以であろう。

想定以上の良き車輪を見つけ、私は首尾よく一族の中に潜り込むことができた。さぁ、ここからどんなドラマが待っているのやら。

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75mL 各¥35,200(税込)
ブルーベル・ジャパン株式会社 香水・化粧品事業本部
Tel. 0120-005-130(受付時間 10:00~16:00)
https://www.latelierdesparfums.jp/

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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