魔法の香り手帖

花の嘆声

花の嘆声

<Room TUBEREUSE>

「私ほど正直な女は居ないわよ。姉なんて少し不気味でしょ?何考えてるか分からないし。ねぇ私はあの日パーティーがあったなんて知らなかったのよ。家で寝ていたの。ともかく、このルビーは確かに私のものよ。盗んだなんてとんでもない、おばあ様から譲り受けたピジョンブラッドだもの。素晴らしいでしょう?」

彼女は一気にまくしたてると、背に這うドレスのファスナーを下ろした。途端、チュベローズやローズ、オレンジブロッサム、ラズベリーの香りがグラマラスに匂い立つ。

1965年、この街で古くから栄えてきたこの一家も、夫妻の不慮の事故により残された未婚の3姉妹のみとなり、光を失いかけていた。適齢期を過ぎた長女と次女は双子で性格は正反対、13歳年下の妹は堅実で倹約家。親類の手に渡ってしまった両親の事業をいつか取り戻したいらしい。

不機嫌そうにベッドへ身を投げ出したチュベローズの、なまめかしい腿のハリが眩しい。探偵は思わず目を逸らした。

Room TUBEREUSE


<Room IRIS>

黒いつまみを捻ると、雑音と共に聞き慣れた女の声が流れ始める。集中して聞いていたイリスは徐々に険しい表情を見せ、やがてへなへなと床に座り込んだ

「…あの子、パーティーを知らなかったですって?」

コケティッシュで艶やかなチュベローズ。繊細で大人しい私は常に彼女の影。羨ましい気持ちは、比較される度に摩耗されていった。今は男にだらしなく汚らわしい、由緒正しい家に相応しくない女。優しくされる度に私は鬱々とする。

初めて出来た恋人と結婚を予感した頃、私は彼の仕事を援助する融資を独断で決めた。何倍にもなって返ってくる。公私共にパートナーだと思っていた。
だから彼から「チュベローズと結婚する」と言われた時、私の中で糸がぷつんと音を立てて切れた。自分がどうすべきが分かった。二人は私を裏切って嗤っていたのだ。心は”彼らを排除しろ”と囁いた。

派手な化粧をすれば、誰が見てもチュベローズにそっくりだ。男は全く気付かず部屋へ入れてくれた。バスローブの紐で軽く締めただけで彼は倒れた。恐怖が押し寄せたが何とか気持ちを奮い立たせ、私は夜道を走って逃げた。

チュベローズは犯人として捕まるだろう。私は「可哀想に」と面会しにいこう。でも可愛い妹”ラ ローズ”だけは守らねばならない。まだ15歳だもの。どこか遠い街で私たちは静かに暮らしてゆこう。

そうよ、私は「チュベローズがパーティーへ行く」と思い込んでいた。だから食事に下剤を混ぜ、家に一人で残しアリバイが成立しないよう企てた。どうしてそんな風に思い込んでしまったのだろう?

イリスは急に不安になった。パーティーでチュベローズは目撃されている。
”本当に”パーティーへ行ったのは誰なのか…。パウダリックな彼女の香りは、デリケートに震えている。

Room IRIS


<Room La Rose>

イリスが盗聴していることを知ったのは、偶然だった。部屋を漁ってみると、派手なドレスにメイク品、そして計画書のような日記が見つかった。

彼女を止めなくては。

チュベローズが伯爵家のパーティーを楽しみにしていると匂わせ、チュベローズの食事に薬を混ぜるのを見届けると気づかれぬように処分する。イリスがチュベローズに成りすまし出かけた後、私もチュベローズに変装し、伯爵家へ向かった。濃いメイクで何とか似せることができた。同時刻に2か所で目撃証言があれば、捜査を攪乱できるだろう。

ラ ローズは軽い溜息をつく。肩にかかるボブの髪がサラリと揺れ、芳しい薔薇の香りが辺り一杯に零れる。

あぁ、何て面倒なの。私は名家の娘として成人したい。姉が殺人犯?勘弁して。みんな自分の事ばかり。私はこの家を守ろうとしているのよ。そうよ、これだって愛だわ。愛ゆえ罪を重ねていいのは、用意周到な私だけよ。

だって…この家のお金は尽きそうなの。収入も無いのに昔の豪奢な暮らしが、変わらず出来ると思っている愚かな姉たち。遺産は全て使い切った。盗んだルビー?とうに売り払ったわ。姉のピジョンブラッドも売るつもり。これで暫くは家を保っていけるでしょ。

Room La Rose


<Room TUBEREUSE>

ピュアで大人しいイリスが初めて恋をした。そして男はイリスから多額の融資を引き出した。

私は幾度も男を訪ね、彼女から手を引くよう説得したが、この醜聞を売る代わりにもっと融資しろと鼻で嗤われた。さらに男は私と結婚すると嘘をつき、イリスが私に殺意を抱くよう仕向けた。なんて悪党。

結果的に計画は狂い、男自身がイリスに首を絞められたのだから自業自得だけど。あの日イリスの後をつけた私は、男にまだ息があると気づいた瞬間、強く紐を縛り上げた。

私に似た女の目撃証言があがるかもしれない。探偵が嗅ぎまわっているし、家に居たと主張せねば。私は姉も妹も、この家も守ってみせる。


<Room 222>

“222(ドゥドゥドゥ)”は彼の古いあだ名だ。カシミール通りの寮住まいの頃222号室だったからと言われている。

「ルビーが盗まれた」と伯爵家から内偵捜査を依頼されたのは1年前。チュベローズが慌てて会場を去る姿を見たと証言する客人は多かった。しかし彼女はパーティーの開催を知らず、宝石は祖母から譲り受けたと主張した。

彼女には交際相手の殺害という別の嫌疑もかかっていた。現場付近で彼女を見たという隣人が現れたが、同時刻にパーティーで多く見かけられており、結局立証できなかった。

伯爵家からのプレッシャーに絞殺事件が重なり、彼は寝不足で心底疲れ果てていた。だからと言って、一年前のあの日、姉妹たちの複雑に絡み合う嘘を見抜けなかったことが無念で仕方ない。

それぞれの思惑、それぞれの香り。
彼女たちはどこですれ違っていったのだろう。

「あなたさえ現れなければ、私たちの均衡は保たれたのに。」

再びに窃盗に手を染め、今朝私が捕えたラ ローズは、音も嗚咽もなく一筋の涙を流した。

曇った煙が立ち込める、薄いグレーのパリの空。
レザーシートがミステリアスに香る。
今日も世界は美しい。探偵は乙女たちの姿を想った。

Room 222

 

【掲載製品】
■ル ガリオン
「Le Galion Tubereuse EAU DE PARFUM」
「Le Galion Iris EAU DE PARFUM」
「Le Galion La Rose EAU DE PARFUM」
「Le Galion 222 EAU DE PARFUM」
各100mL ¥18,500+税
インターモード川辺 フレグランス本部 tel.0120-000-599

著者プロフィール

YUKIRIN
YUKIRIN美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラー
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。

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