CheRish Brun.|チェリッシュブラン

ちょうどいい私、ちょうどいい暮らし。心地よく、ごきげんな毎日へ。

彼女のフェアネス

魔法の香り手帖
プラダ パラドックス ヴァーチャル フラワー オーデパルファム

◆月曜日

彼女はいつも「大きな笑顔」を見せていた。安心感と親しみを感じさせる笑顔は、溌剌としたビジネスウーマンの印象を与えた。別れ際にはいつもこう言った。「また近いうちにお食事に行きましょう!」手土産も必ず用意し、細めなやり取りを努めていたように思う。その彼女の行方が分からなくなったと一報が入ったのは、先週末のことだった。彼女の上司から、突然私に電話があった。

「実はAが木曜から、会社を無断欠勤しておりまして、携帯も通じない状態なんです。自宅の連絡先は分かったので電話をしたところ、旦那様とお話できました。しかし、木曜から出張で土曜に帰ってくると聞いているとのことだったのです。」

「旦那様にも嘘をついていなくなられたということでしょうか。えっ、あれ?今日はもう日曜ですよね。家族に土曜に帰ってくると言っていたなら、昨日戻ったんでしょうか?」

「いえ、それが先ほど旦那様とも再度お話し、帰られていないとのこと。旦那様も連絡がとれないそうです。」

「警察に相談はされているんでしょうか?」

「どうされるかタイミングは旦那様にお任せしているので、私たちが何かできるわけではないのですが…。弊社の代表にこの件を相談したのですが、仕事を辞めたくて飛んだだけじゃないか?と言われてしまいまして。10年もまじめに勤務してきた子がそんな辞め方するかしら…と私は心配です。従順で、少し気弱なところもあるくらいの繊細な人柄でしたし。クライアントから嫌がらせも受けいるとこぼしていたし、そういう色々気に病んで…でないといいけど。」

「そんな大変な時に、私にまでお知らせくださって、ありがとうございます。彼女とは2年ぶりにご一緒できると喜んでいたので、心配です。」

「仕事でご迷惑をおかけするかもしれないと思い、取り急ぎ、共有のお電話をさせていただいた次第です。ご実家は連絡とれないのかしら。ご主人にもう1度聞いてみますね。」

彼女と私は、週明けの月曜の今日、クライアントミーティングのキックオフに出席する予定だった。そこには現れない可能性があり、私からクライアントにどう説明するかという問題があるため、日曜にも関わらず彼女の上司は知らせてくれたのだ。助言をもらって、取り急ぎ彼女は体調不良ということにして、クライアントにはミーティングの延期をお願いすることになった。とてもじゃないが「行方不明」とは言えないし…。

◆火曜日

先輩が出社しなくなって4日目になるけど、いったい何なんだろう。木曜は連絡がつかなかったらしいと社内で噂になっていたし、結局金曜は体調不良で休んでいると言われた。週が明けても来ないけれど、本当に体調不良なんだろうか。コロナやインフルエンザとか?こっそり先輩のLINEに「体調大丈夫ですか?」と探りの連絡を入れてみたけど、既読にもならない。先輩がやる予定だった仕事が全部私に来て、本当にいい迷惑。そもそも、普段からなんでも細かい作業を私に押し付けて、さも自分がすべてやったかのように上に報告しているのが気に入らない。あげく私のことは「新卒で何もわかっていない子だから~」と周りに言っていると同期が教えてくれた。確かに経験は浅いかもしれないけれど、あなたよりPC使えますけど?って思っちゃう。あー、いっそ新しい上司に変わらないかなー。

◆水曜日

Aの上司から、再び電話連絡がきた。

「まだ彼女とは連絡がとれないんです。もちろん会社にも来ていません。ご主人が警察に相談に行かれたと聞いています。ご実家とも連絡がとれないとのことでした。企業においては、急に連絡がとれなくなって退職するという人も、いないことはありませんから、しばらく休職扱いにして様子を見ると思います。ご心配おかけしましたが、この件はこちらで対応しますので大丈夫です。クライアント様にはお手数ですが、お一人で対応いただき、都度情報を共有いただく形で進めていただけますでしょうか?」

「わかりました、また何か分かった際は教えてください。よろしくお願いします。」

◆木曜日

土曜に帰ると言って仕事に向かった彼女が、1週間過ぎても帰ってこない。連絡もとれないが、僕はあまり積極的に連絡をとろうとしていない。それを彼女の上司に訝しがられたので、警察に相談をしていると嘘をついてしまった。でも、仕方ない。僕が守らなくてはいけないのは、息子のことだけだ。彼女が42歳の時に結婚し、すぐに子供ができた。産休、育休を経て仕事に復帰した彼女は、次第に変わっていった。朝から出社し、子供を保育園に迎えにいき、食事から寝かしつけまで終えてから、残っている仕事をしていた。その顔は目が吊り上がっていて、いつもイライラしていた。40代でそれをこなすのは、どれだけ大変だっただろうか。

僕がちゃんとサポートできていないと思われるかもしれないが、僕は僕で追い詰められていたことも分かってほしい。彼女が見栄のために住みたがった高いマンションの費用、そして子供のいる生活費を稼ぐために、残業を精一杯入れて死ぬほど働いていた。それでも「自由に使えるお金がないから」と仕事に復帰したのは彼女の意思だった。ヘトヘトになって帰宅すれば、イライラした彼女が待ち受け、それでも「今が大変なだけだ。」と思うようにしていた。

ある時、息子の服の袖から青黒いものがちらりと見えた。慌てて腕を見ると、痣ができていた。それは1つだけではなかった。腹、背中、太もも、尻に、茶色いものか青いものまで無数に痣ができていた。妻が虐待している。初めて気づいた瞬間だった。頭がパニックになり、これを妻にすぐに突き付けて問いただすべきなのかもわからなかった。僕は息子の服を着せ、その目をじっと見た。「絶対に守るから、パパに協力できるか?」とささやくと、息子は真顔でじっと僕の顔を見て、小さく頷いた。

それから僕は、何も気づいていないふりを続けた。ここで妻をさらに追い詰めても良い結果にならないような気がしたからだ。僕も息子もこれまでと同じような生活を送ってくれた。僕は彼女が虐待をしている証拠を集め、すべての準備を整えてから彼女に切り出した。

「離婚したい。」
それが1週間前のことだ。

◆金曜日

私は私の仕事が好きだった。華やかで、憧れられる存在だ。しかし、私はそのステータスが好きなのであって、細かい仕事はできるだけやりたくなかった。だから、部下や委託先にできるだけ振って、自分はまとめ役をすることにした。優秀なリーダーがいるから、プロジェクトが円滑に進むのよ。外部の人には極力下手に出て、機嫌をとっておけばいい。みんな私の味方になってくれる。

歳をとってからの出産だったから、産休や育休をとっても、体力的にはかなり厳しかった。私なりに真剣にこなそうと頑張ったつもりだったが、言うことをきかない息子を少し叩いてしまったこともある。男の子はなかなか大変だ。私がこんなに苦労しているのに、夫ときたら何も子育てに協力をしない。残業残業と言っているが、どこまで本当なんだか。愛人でもいるんじゃないかと疑っているが、スマホを見ても特にやり取りはなさそうだった。

このままムカつきながらも毎日やっていくのかと思っていたら、夫から離婚を切り出された。私が虐待をしているですって?少しおとなしくさせるために叩いたくらいで、虐待なんてとんでもない。痣の写真なんて、きっと保育園でつけられたものに違いないし、私から息子を取り上げるつもり?徹底的に戦って、夫を排除してやるわ。

そう思っていたのに、用意周到に仕掛けられていた。私は虐待をしていると息子との面会や通信を禁じられると告げられた。離婚についても、私にはとても不利に働くそうだ。

「明日から出張で、土曜日に帰るから、帰ったら改めて話したい。」
と泣きついたら、夫は了承した。よし、私も明日弁護士のところへ行って相談してこよう。何としても息子の親権を取らなくては。仕事なんてしている場合じゃない。だいたい、私が仕事に追われているせいで、夫がこんなことをしてきたのだ。

木曜はホテルに泊まり、弁護士事務所にアポイントをとった。久しぶりに、家事や子供から解放された気分だった。せっかく買ったのに使っていなかった香水を手に取り、手首にスプレーしてみる。優しい香りだな。結婚前に夫といった植物園の温室の記憶がよみがえってくる。パラドックスって、矛盾という意味だったっけ。私には私の真実があって、私なりに不公平をなくしているだけなのに、どうしてうまくいかないんだろう。この広告に描かれている花は実在しない花だと、店員さんが言っていた。私自身も本当は実在しなければいいのに。そしたら、誰も苦しめず、私も苦しくないのに。

弁護士には金曜の朝に会ってもらえると決まり、翌朝、私は弁護士事務所を訪ねた。しかしながら、夫が虐待の証拠を写真や映像で持っていることや、子供の証言もあることを話すと、私は親権獲得どころか、親権停止や親権喪失の恐れがあると…。淡々と説明を受けるうちに、目の前が真っ暗になっていき、意識を失った。倒れてしまったのだ。

気が付くと、病院にいた。弁護士事務所の人が、救急車を呼んでくれたのか。なんだか数年ぶりにぐっすりと眠ったような気がした。同時に、全身が泥のように重く、また意識が飛びそうだ。

「今、何時ですか? 1日くらい寝ていたんですかね。」

看護師に訪ねた。

「運ばれてきたのが金曜の午後で、今は日曜ですね。」

しまった、土曜に帰ると夫に言っていたのに、1日過ぎている。約束を破った形になってしまった。すぐに連絡をしないと。

「私のスマホ、私が持っていた荷物ってどこにありますか?」

「会社の方が取りに見えたので、バッグだけをお預けしました。スーツケースはそこに。」

・・・?会社には、私が弁護士事務所に行ったことを言っていないし、なぜ病院にいることがわかったのだろう。スーツケースなんて、着替えくらいしか入っていない。スマホが手元にない以上、会社の番号もすぐにわからない。倒れた時に頭を打ったとかで、私は5日間~1週間の入院になった。早ければ金曜には退院できる。早急に自分のバッグを手に入れなければ。

◆土曜日

先週の金曜、私は職場の電話に出た。弁護士事務所からで、「先ほど相談に来られた方が倒れ、救急車を呼んで、手持ちのバッグを病院に渡そうとしたところ、社員証が落ちて社名が分かったため連絡をした」という内容だった。昨日から欠勤しているAが、病院に運ばれたと分かり、私は大急ぎで病院へ向かった。彼女は頭を打って意識を失っていたものの、大きい怪我ではなく、目さえ覚めれば数日間の入院で済むだろうという話だった。私は病院で彼女のバッグを受け取った。PCやポーチが入っているのが、開いた口から見えていた。その時、バッグの中で彼女のスマホが振動し始めた。旦那さまが心配しているのではないかとスマホを取り出したところ、「Mさん」という表示が見えた。家族ではなさそうだが、彼女が入院していることを伝えた方がよいかと思い、電話に出た。

「あ、お疲れ様。この前、お前の会社から引き出してくれた金、いつ取りに来る?」
「え、あ、あの、すみませんAの代理の者です。」

私がそう答えると、ザワザワとした音が聞こえ、電話が切れた。しかし、私には引っかかった。「会社から引き出してくれた金」とは何のことだろう。どうしても私は気になり、彼女のバッグを持ったまま会社に引き返した。嫌な予感がする。まだシステムの人間が残っていたので、社長の了解を得て、彼女の会社PCに入らせてもらった。

先ほどの言葉が当てはまるとしたら、彼女は横領をしたということかもしれない。そこでそのような動きがないかに焦点を当て、土日を使って数名でデータを見ていったところ、架空請求を行っていると確信を得た。依頼していない業者や委託先へ発注書を作成し、そこからの請求書を自分で作成し、経理に提出していた。オンラインで押印した請求書だから、誰も不正に気付かなったのだ。振込先は彼女が作ったのか、先ほどの男が作ったのか架空の口座に違いない。

そこで私は月曜に、彼女が行方不明になったと(無断欠勤をしているのは事実だし)、請求書のあった委託先へ何件か連絡をしてみた。すると、彼女と仕事をしたのは数年前が最後だと言っているところがほとんどだった。請求書は先月分としてあがってきているのに。

従順で、少し気弱なところもあるくらいの繊細な人柄…そんなものは見せかけだった。私へ見せていた顔すらも、本当だったのかわからない。他人には全く別の顔を見せていたのだろう。平気で嘘をつき続けられる人間もいるのだと知った。

被害額は1000万以上あった。私はすぐに社長へ事実を話し、会社の顧問弁護士へ連絡を取った。業務上の横領の疑いがあるとして、調査と事実確認を行うこととなり、私は1週間、奔走することになった。

◆日曜日

退院した私は、すぐにタクシーで自宅へ向かった。まずは夫に助けを求めようと思ったのだ。しかし、チャイムを鳴らしても、誰も出てこない。鍵はバッグに入っていたので持っていない。お金も払えないため、私はそのタクシーで会社まで行ってもらった。日曜でも誰か出社しているかもしれない。

到着すると、フリースペースに明かりが見えた。良かった誰か休日出勤している。しかし、カードキーがなく、中に入ることができない。ドアをたたきながら、しばらく待っていると、社員が出てきてくれた。あれは、社長秘書の男性だ。

「すみません、カードキーがなくて入れなくて。」

そのままドアを開けて入ろうとしたところ、腕で押し返された。

「Aさん、内容証明をお受け取りになっていませんか?」

「え・・・何の話ですか? 私、さっきまで入院していて、荷物がなくて。」

「嘘はいい加減にしてください。あなたの横領の件で、弊社は弁護士を立てて動いています。2日ほど前には送っていますので、ご自宅で受け取って、まずそちらを読んでください。」

ドアはバタンと閉じられた。

「・・・・。」

なぜ?何でバレたの?絶対にわかるはずがないと思っていたのに…。もしかして、月曜に久しぶりに一緒に仕事することになっていたアイツが、下手なことを上司にもらした?毎月請求があるようにしていたのに。なんて馬鹿なことをしてくれたの。夫と子供も失いそうなときに、仕事とお金まで私から取り上げるっていうの?上司がバッグ持って行ったってこと?それでスマホやPCを勝手に見たわけ?会社貸与のものだからって、勝手に見ていいわけ?!いつも私のことをバカにしていたくせに。

上司も部下もクライアントも、昔から大嫌いだったのよ。いつも偉そうにして、ここが違うとか、もっとこうした方がいいとか余計なお世話ばっかり。あんたたちは、私の言うことを聞いていればいいのに。夫だってそうよ、自分は自分のことだけやってればいいんじゃない。子供が起きてる時間に帰ってもこないくせに、私のことを非難して。あーーーーーーうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。

私はふらふらと立ち上がり、宅配が置かれる場所にある荷捌き用のカッターナイフを手に取った。誰から復讐しようか。そう思うと自然と笑みがこぼれた。

プラダ パラドックス ヴァーチャル フラワー オーデパルファム

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「プラダ パラドックス ヴァーチャル フラワー オーデパルファム」
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https://jp.pradabeauty.com/

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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