CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日

放射線状のディスオーダー ~後篇〜

魔法の香り手帖

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Earl Grey / eau de parfum

公安の糸田と塚田の家を訪れた私。何か身構えられるかと思ったが、塚田はあっさりと家の中へ私たちを通した。塚田の妻は少し線の細い感じの、美しく和やかな笑顔の人だった。

「主人がお世話になっている方にお会いできて嬉しいです。ぜひ紅茶を召し上がっていってください。とてもおいしいアールグレイが手に入ったんです。お待ちくださいね。」

どこかの別荘のティールームかと思うほど、洗練された豪奢な空間だった。しかし、とても違和感がある。それは狭く古いアパートの一画だからだ。公務員としては、少し安いアパートすぎるのではと思うほどだ。

「ねぇ、あんたたちってそんなに薄給なの?」

糸田にひそひそ耳打ちすると、糸みたいな細い目を開いて睨みつけてきた。そして、無言を貫く塚田の前に座った。

「塚田君、本庁で何度も聞かれただろうが、例の器物損壊の件だ。」

「はい。」

「君が、公園に備えられたお菓子や花を壊したり、蹴散らしたことは事実だ。通る道を邪魔していたからというのが理由だったね。」

「はい。」

「その供養されていた子供の骨が、公園から見つかっていたことは知っているね。」

塚田は少し眉を動かしたが、表情は変えなかった。

「火葬してしまった骨から採れないが、土葬の骨ならばDNAを検出できる。そのDNAが君と一致したんだ。つまり、発見された骨は、君のDNAを引く子供の骨ということが証明された訳だ。君は自分の子供を殺したのか?」

「私は子供を作りません。」

糸田と私が、一瞬目を合わせる。どういう意味か。

「私は種子を作らない。球根を株分けし、繁殖する彼岸花のように。」

「ヒガンバナ?」

私は那須が言っていたことを思い出す。塚田家では沢山の彼岸花がゴミ袋に入れられ捨てられていることがあったと。

「私に子供はいません。」

「だが……」

糸田が少し声をあらげた瞬間に、塚田の妻が割って入ってきた。

「お待たせしました!素敵なお茶が入りました。さぁ、皆さんぜひ、一息ついてくださいね。」

カップから、アールグレイ特有のベルガモットと柑橘の香りがふわっと立ち昇り、緊張感のある会話を中断した。糸田は、ハァとため息をつくとカップに口をつけた。

Earl Grey / eau de parfum

「塚田君、君のDNAが骨から検出されたことは事実なんだ。しかし、君の子供の出生届は出ていない。つまり君たち夫婦は国籍のない子供を育てているうちに、事故か病気かわからないが、子供が死んでしまったのではないか?それで白骨化するまで家に置いていたが、何かの変化が生じて君か奥様が公園に骨の一部を置いたんだろう。違うか?」

私は気づいた。糸田の顔や首から大量の汗が出ている。顔は真っ青だ。その瞬間、糸田は椅子から落ちて、床に倒れた。

「糸田さん!」

私は駆け寄って身体を抱き起こす。糸田の手は震えていたが、カップを指さしているのが分かった。舌も痺れて話せない。毒だ。毒が入っている。

「どうしたの?!しっかりして!」

そう言いながら、私は塚田夫妻に背を向け、糸田を抱きかかえ介抱するように見せながら、自分の携帯をポケットから取り出し、那須へリダイヤルをしてスピーカーホンに切り替えた。

「糸田さん!今からここ塚田さんちに救急車を呼ぶから大丈夫よ!すぐに助かるわ!」

那須なら、私の声を聞いて塚田の家で糸田が倒れたことが分かる。そしてそう素直に私が言わないということは、尋常でない何かが起きているということも気づくはずだ。救急車も、すぐに呼んでくれる。

今は…、今は時間稼ぎをするしかない。私は振り返って演技した。

「塚田さん!糸田さん持病を何かお持ちでしたでしょうか?同じ公安だったならお分かりになりません?」

塚田の顔は、すっかり血の気が引いている。

「俺は…俺は関係ない!関係ない!関係ない!!!」

そう叫ぶと突っ伏してワーワー泣き始めた。白髪頭が震えている。塚田の妻の姿はない。急いでさっきまで彼女がいたキッチンに入ると、勝手口の窓の向こうにプランターが見えた。真っ赤な彼岸花が沢山並んでいた。


インターフォンが鳴り、私が内側からドアを開けると那須が飛び込んできた。救急車の隊員たちが続いてなだれ込み、糸田を担架に乗せて連れて行く。

「お茶を飲んで倒れました。多分、彼岸花の毒物を飲まされています。」

那須は横で目を丸くしている。救急隊が去ると、公安の人間が何人も入ってきた。

「塚田、殺人未遂だ。来い。」

泣き止まない塚田のたくましい両腕を担ぎ上げ、連れて行こうとする。

「塚田さんじゃありません。犯人は奥様の真弓さんです。でも、ご病気です。彼女の精神を刺激しないように、連れ出していただく方が賢明です。」

「水野さん、どういうことですか?」

「おそらく、真弓さんはパラノイアです。想定するに、お金持ちの家に育ち、裕福な家庭環境で10代を過ごしたんだと思います。高級な茶器でお茶を楽しむ時間を、家族みんなで持つような家庭です。彼女にとって、贅沢な生活は日常だった。家事などしたこともなかったでしょうし、将来だって約束されていたのでしょう。学校でもチヤホヤされていたんじゃないかしら。それが何かの原因で、生活が一変してしまった。真弓さんは実家がお金持ちだっただけで、真弓さん自身が稼げる仕事をしていた訳じゃない。家が落ちぶれれば、何もできない20代の独身女性です。」

塚田はうなだれたまま、荒い呼吸を続けている。

「世間知らずで成人した彼女は、どこかで塚田と会って結婚に至った。塚田は公務員です。安定した収入があれば、自分も以前のような生活ができると思ったのかもしれません。しかし、公務員と言えどサラリーマンと同じ。今は夫婦共働きの家庭も多い中、真弓さんは一切働かないのですから、多少は贅沢できても限界がある。そうしているうちに、妊娠したんじゃないかしら。」

塚田の目がカッと開いた。そうだ、もっと暴いてくれ。

「出産をすれば、真弓さんが普通の主婦のように生活してくれると塚田は思っていた。しかし現実は、真弓さんの浪費癖は変わらず、子供にお金がかかることに真弓さんはむしろイライラした。子供さえいなければ、私は贅沢ができる、こんなにイライラしないのにと思い込むようになった。そして赤ちゃんに彼岸花の球根から採った毒を飲ませたのです。」

「糸田が飲ませれたものか?」

「同じだと思いますが、彼岸花の球根にある毒は大して強いものではないはずです。但しそれを沢山集めていたりすれば大人にもすぐ症状が出るでしょうし、乳幼児なら死に至る可能性はあります。」

「あ!だから彼岸花を大量に捨てていたんだ!」

那須が見たのは、そのゴミを捨てる真弓の姿だったのだ。

「そう、キッチンの外のベランダに、大量の彼岸花が育てられています。球根以外は要らないから花は捨てていたと思われます。」

「妻が殺害した後、家に子供の死体を置いていたということか?」

「いえ、おそらくですが、子供を手放したくなかった塚田ではないでしょうか。真弓さんは子供さえ居なくなってくれれば、その後どうなろうと興味が無かったはずです。塚田は、妻の罪を隠すために、子供の出生届を出さず埋葬することもなく、家で保管したんじゃないでしょうか。」

「塚田が真弓のことを通報しなかったのが夫婦だからだったとしたら、何故、何年も経って骨を公園なんかに置いたんだ。」

「パラノイアは、独裁者の病気とも言われているんです。自分の地位を奪われる強迫観念や、他人を信用できなくなって発症することが多い。真弓さんは10代の頃の絶対的存在であった自分が失われる強迫観念と、もっと稼いで贅沢をさせてくれると思っていた夫に裏切られた気持ちから発症し、自分の支配下に夫を完全に置いていたのかと。つまり、塚田は妻に支配されていたんです。だからこそ…」

カターン!と大きな音がして、振り返ると塚田の妻・真弓が紅茶の缶を床に落として立っていた。茶葉の香りが辺りに漂う。

「まぁ、知らない顔ばかり!皆さん、私の家で何をなさっているの?」

私は真弓に駆け寄った。

「真弓さん、驚かせてしまってすみません。皆さん、真弓さんのご実家のお知り合いだそうです。真弓さんに当時のお話を伺いたいそうで、ぜひ一緒にお出かけしていただけませんか?」

「そうなの?私の実家は、凄く大きな宮殿みたいなお屋敷なのよ。父は貿易会社を経営しているの。父のお知り合いかしら?皆さん、一緒にお茶はいかがですか?」

「もっと美味しいお茶を用意してくださるそうですから、さぁ出かける準備をしてください。」

真弓は嬉しそうにエプロンを外すと、口紅をしっかりと塗り、まとめていた髪をほどいた。唇の輪郭をはみ出て塗られた、少女のような白っぽいピンクの口紅。茶髪の内側は白髪だらけだった。

「では、参りましょうか。」

公安は、塚田夫妻を連れて出て行った。床に散らばった茶葉と、それまで居た人間たちの気配だけが、騒がしく残った。


「私の機転がなかったら、今頃死んでたんじゃない?」

そうからかうと、電話口の糸田は無言になった。病院で手当てを受け、糸田は大事に至らなかった。痺れや嘔吐は繰り返したが、やはり大人を彼岸花の毒で殺すことまでは難しいようだ。

「不用意にお茶に口をつけた自分が悪いんですが、まぁ、ありがとうございました。助かりました。」

「真弓の取り調べは?」

「今、行っています。が、やはり精神的にかなり状態が悪く、思い込んでいることも多いので、正確性が疑問です。」

私の想像通り、真弓の実家は資産家だった。まるで今も父親が生きているような口ぶりだったが、実際には10年前に亡くなっていた。そういう事実も受け止められなかったのだろう。父親が経営していた貿易会社は真弓が19歳の頃に倒産し、一家離散となった。真弓は親戚の家に身を寄せたが、いつまでも贅沢癖が消えず親戚とも言い争いが絶えなかったため、やがて追い出された。父親の友人が気の毒に思い、喫茶店の仕事を世話してやった時に、客として来ていた塚田と知り合った。

真弓は取り調べでこう言ったそうだ。

「賢治はお父様と違って、全然稼いでこないの。古くて汚いアパートに私を閉じ込めて、ずっと我慢してきました。私がした贅沢なんて、本当に些細な事なんです。総レースのテーブルクロスを買ったり、骨とう品の茶器を集めたり、少しお値段はするけど良質な茶葉を仕入れたり、いい食材を買ったり。お洋服だって、1シーズンに2着ほどですもの。それに、良い妻であるように、私は一生懸命家事もしました。塚田と結婚するまで、家事などする必要がなかった私ですよ?お掃除にお洗濯に、毎食の用意。責められることなのでしょうか?」

1シーズンに2着と言っていた服は、高級ブランド品のもので1着数十万だそうだ。それらの浪費により、塚田の収入は家賃以外ほとんど無くなっていた。真弓がいる限り、塚田は仕事を辞められない。金がないから、人付き合いもできない。塚田は職場でも孤立していった。

「塚田が骨を遺棄した理由は分かった?」

「塚田は妻の強い支配下にあったので、妻を守るために子供の死を隠し、骨になるまで自宅のベランダの、土の中に埋めていました。しかし、真弓は最近恋をしたのだそうで…。家の近所でよく会う青年は、とても顔がキレイで優しくしてくれると家でもしょっちゅう言っていた。恐らくたまたま近所で会う青年というだけなのに、妄想癖から自分に恋しているから会うのだと勘違いし、彼がもうすぐ迎えに来てくれるんだと思いこんでいたそうです。それで、彼岸花の毒を沢山集め出した。塚田を殺すために。」

「塚田からしたらたまったもんじゃないわね。」

「塚田は支配下にありながらも、妻を愛していたのでしょうな。だからこそ、すべてに耐えてこられた。でも、そんな自分を消して、ありもしない妄想の恋を追いかけようとした。だから、骨を公園に埋めて、誰かに妻の罪に気づいてもらおうとしたのでしょう。」

「その割に、捜査には非協力的な態度じゃなかった?」

「妻の前では何もできないのです。そういう風にコントロールされているんですよ。」

「なんだか虚しいわね‥。真弓はこれからどうなるの?」

「精神鑑定の後、病院で治療することになるでしょう。塚田は死体遺棄などの罪に問われ、精神的治療も必要になるかと思います。花などをめちゃくちゃにしたのは、妻の罪を隠さなくてはという気持ちでしょうが、罪を明るみにしたいという骨を遺棄した行動とは矛盾しています。それに、我々が家で問い詰めた際、子供を作らないとか、彼岸花がなんちゃらと言ってましたが、子供の死体を彼岸花のプランターに隠していたので、精神的に追い詰められ、発言がおかしくなっていたことは間違いありません。」

「まぁ、これでひと段落というところかしらね。ところで、うちの1階のアンティークショップは誰が後任になるの?糸田さん?」

「こう見えて多忙でして。下っ端を誰か派遣しますよ。」

「私のこと監視する意味ってあるの?こんなに協力的してるのに。」

「今回の事件で、水野さんが我々に協力的であり、かつ非常に頭の回る方だということは、我々のチームにも認識されたとは思います。ただ、第二のサロン計画がいつ持ちあがり、水野さんへ接触してくるかわかりません。水野さんをお守りするためにも、監視のご協力をお願いします。」

糸田と電話を切った後、私は真弓の言葉を思い出していた。美味しいアールグレイは、彼女にとって幸せの象徴だったのだろう。家族と過ごした、夢のような時間。二度と戻らない時間。そんな重要な存在で、糸田にも害を与えようとした。自分自身が、自分の大切なものを壊していることに気づかずに。

香水棚から、私はアールグレイの香りを手に取り、ひと吹き纏った。きらきらと輝くような香りが、宙を舞う。人は過去の栄光を忘れられない生き物だ。それにすがった途端、栄光はその輝きを失う。気づかず必死にしがみついているうちに、まるで蜘蛛の糸を外されて天国へ昇れないかのように、奈落へ堕ちていくのだ。

しかしながら、過去は過去と割り切れる人がどれだけいるだろうか。そんなことができるのは、今輝いている自負がある人だけだ。私自身、陽のあたる場所で仕事をしていけない人生になった。時折、過去の自由な生き方を思い出してしまうこともある。それでも、生きていかねばならない。強く生きていかねばならない。その先にある明るい何かを信じる強さが、自分の中に眠っていると信じて。

窓を開けると、もう冬の空気とは違った。春はすぐそこまで来ている。

Earl Grey / eau de parfum

【掲載商品】
■EDIT(h)
「Earl Grey / eau de parfum」
50mL 各¥15,180
株式会社モリヤマ Tel. 03-3295-5801
http://edithtokyo.com/


【同シリーズの過去作はこちら】
◆「いのちの揺蕩 Vol.1」 https://cherishweb.me/50493
◆「いのちの揺蕩 Vol.2」 https://cherishweb.me/51012
◆「いのちの揺蕩 Vol.3」 https://cherishweb.me/52017
◆「萱草(ワスレグサ)の水辺」 https://cherishweb.me/53111
◆「扇情のイニシエーション~前篇」 https://cherishweb.me/55594
◆「扇情のイニシエーション~後篇」https://cherishweb.me/55911

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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