CheRish Brun.(チェリッシュブラン)

好きと心地よいがつくる、私らしく楽しい暮らし

萱草(ワスレグサ)の水辺

ガーデンズ オブ インディア オードパルファム

遠くで水が跳ね、若い女たちが騒ぐ明るい声が聴こえる。南国のリゾートで純粋に楽しんでいるだけの集団だ。ビーチボールで遊ぶアジア人の若い男たちに声をかけられたようだ。プールサイドの端は海辺と重なり、どこまでも遠くへ続いているような錯覚をさせる。

プールサイド

僕はゆったりとしたソファから身を起こし、サングラスを少しずらした。あの匂いがしたからだ。今日もあの女性が目の前を通り過ぎた証拠だ。彼女の纏う香りは狂おしいチュベローズと、朝摘みのジャスミン、蒸留したばかりのサンダルウッドがまろやかに交差しあっていた。

このリゾートは、一般層と“それ以外”が一見そうとは分からないようにエリアで分けられていた。“それ以外”とは、ただの富裕層ではない。理由があって人目を避けて生きている人間たちや,年間で借りられているが代わるがわる宿泊者が変わる部屋もあった。共通していることは、とても金がかかるということだろう。一般層以外のゾーンはGARDENSと名付けられており、一般の宿泊客からは一切見られない位置にあった。GARDENSの利用者は、施設内を走るカートのような車に乗り一般客のように装いながら、小道を入りGARDENSへ移動していた。つまり普通の宿泊客は“それ以外”が宿泊していることは、全く知らないのだ。

どちらのゾーンにもプールがあった。GARDENSの利用者は当然豪華なGARDENSのプールを利用するため、一般ゾーンのプールには行く理由がない。僕は彼女をGARDENSで一方的に見かけたことがあった。間違いなくGARDENSの宿泊者であるにも関わらず、一般ゾーンのプールに毎日顔を出している。その違和感が妙に気になった僕は、正体を確かめるため彼女を観察することにした。

目の前を通り過ぎた彼女は、スタッフにタオルを渡すと、飲み物をオーダーした。黒い水着は彼女の白い肌を際立てており、髪は茶色いストレートを後ろで束ねている。目元のメイクが少し濃く、アイラインは長め。中国人か韓国人かに見える。彼女の元へドリンクが手渡され、飲もうとしたところでハッと手を止めた。そして、去ってゆくスタッフへ声をかけようとしたが、スタッフは大股でどんどん歩いていってしまったせいか、軽い溜息をつくとそのまま飲んだ。オーダーを間違えられたのかもしれない。

「お姉さん、違うドリンクが来てしまったんですか?」

僕は声をかけた。彼女を観察して11日目にして初めてだ。彼女はふと躊躇したように一拍置いたあと、こちらを見てきれいな英語で答えた。「頼んだものと違うシャンパンがきてしまったの」と。

世間話を装い、彼女の身の上について尋ねてみた。自分は中国人で、ここにはバカンスで来ていると彼女は言った。夫が後から合流する予定だが、仕事が延びてまだ来られないそうだ。スパとプール、ジムにレストランくらいしか、此処には娯楽など無い。のんびり楽しめるのはせいぜい3日くらいではないだろうか。

「あと3日待って夫が来なければ、もう帰ってしまおうと思うの。」

彼女は白い歯を見せながらそう言った。均整の取れた身体つきだが、近くで見ると決して若くはない。40代前半頃といったところか。

「お喋りにお付き合いいただき、ありがとうございました。僕もちょうど退屈していたんですよね。また明日ここでお会いするかもしれませんね。お名前を伺っても?」

「ええ、姜梓萱(ジャン・ズーシュエン)です。」

「では、失礼します姜夫人。」

彼女は優雅に去っていった。甘いフローラルノートが余韻となって残った。

ガーデンズ オブ インディア オードパルファム

その夜、僕は遠くでガラスが割れたような音で目を覚ました。壁の厚いGARDENS内で遠くでも聞こえるということは、グラスを落として割ったどころの音じゃないだろう。窓ぐらいが割れていないと派手な音はしない。僕はサッと服を着ると、ベランダへ出た。GARDENS内は1棟ずつに分かれた宿泊部屋となっている。つまり棟のすべてが1軒屋のようなもので、壁は厚く部屋付きのスタッフも専用だった。プライバシーは徹底的に守られている。大声を出したところで、隣の棟にも聞こえないだろうし、音がしてもどの棟で音がしたのかはわからない。僕はベランダから棟の合間をぬう通路(日中は宿泊者が通ったり、専用のカートが走っている緑に覆われた道)へ抜け出し、暗闇の中を徐々に前進し始めた。

また僅かに物音が聴こえた。クラッカーを放ったようなパァンと明るい音が続いた。音は分かるがどこから聞こえたのかがまるで分らない。よく目を凝らすと、3棟先にほんの少しだけ光が漏れている。恐らく遮光カーテンが少し空いているのだ。僕は小走りで近寄り、隙間から中の様子を覗いた。GARDENSには人目を避けて生きている者たちもいるとは前述の通りだが、それは現地の闇組織や、また何かしらの理由でかくまわれている者、または政府の要人、政府絡みの亡命者などである。つまり、命を狙われてもおかしくない者たちがいるということだ。

部屋の中には既に倒れている男が3名。全て小型銃で撃たれている。恐らくサプレッサーをつけて撃ったのだろう。やられたか‥。

僕は自分の棟へ戻ると荷物をまとめ、目立つ運搬カートは呼ばずチェックアウトを装ってフロントへ向かった。夜中の2時だ。空港から出る便は、夜中の2時半と、朝の6時半。どちらにしても今は中途半端な時間であり、この時間にフロントを使う客はほぼ居ないだろう。ここぞとばかりに休憩していたフロントスタッフは目を大きく見開き、僕にどうしたのかと尋ねてくる。この数十分の間にチェックアウトした客はいなかったかと聞いていると、後ろから固いものを背中に押し当てられた。

「勘違いだったとスタッフに言いなさい。」

姜梓萱夫人は僕の耳元に囁いた。甘いアブソリュートがスリリングに忍び込む。

僕はスタッフに曖昧に笑うと、勘違いだったから部屋に戻ると告げた。スタッフはやれやれという顔をして休憩ルームに入っていってしまった。僕はそのまま一般客用のプールサイドまで連れていかれ、解放された。真夜中だけに誰も居ない。

振り返ると、夫人はゆったりとした薄手のトレンチコートを羽織り、髪やメイクも乱れていない。真っすぐに僕に向けた銃だけが異質だった。

「どうして分かったの?」

「日本人が中国人のふりをしているのは明らかにおかしいから。」

夫人は表情を変えず、無言で僕を見つめた。そして日本語で話はじめた。

「どこで気づいたの?」

「あなたが飲み物オーダーミスられた時。元気のいいスタッフがさっさと去って行ってしまったとはいえ、彼を追いかけなかった。追いかけて揉めて人の視線を集めたくないからだよね。でも、中国人なら必ず文句を言いに行くよ。間違えられたオーダーをそのまま我慢して文句言わず飲むなんて、遠慮がちな日本人ならではだもん。」

「なんだ、そんなこと…。カマかけたわね。」

「ホントは旦那さんなんて存在しないんでしょ?3日待ってこなければ帰るとわざわざ僕に言ったのは、万が一何か怪しまれていたとしても、3日間はまだ此処に滞在するなら、即日行動には移さないだろうというミスリード。つまり、やるなら今夜か明日だ。」

「カンがいいわね。で、君の目的は?」

「別に。暇だっただけ。細かいことが気になっちゃうんだよね。ねぇ、ターゲットがGARDENS側にいるのに、どうして一般客プールに来ていた?それだけが分からなくてさ、もう帰るなら土産に教えてよ。」

女は笑って銃を下した。

「君もGARDENの宿泊者なんだ。今週、シンガポールで大成功している投資家の20代息子がGARDENSに居るとリストにあったわ、それがあなたね。一般客プールに行った理由は簡単よ、ターゲットが一般客プールに現れていたから。覚えていない?ほら、女のコたちに声をかけていた男たちを。彼らはね、ああやって観光で来た女のグループに声をかけて、言葉巧みにGARDENSへ誘い込み、彼女たちを売ってしまうのよ。気づいた時には船の上。恐ろしい商売。一般客はGARDENSの存在を知らない。グループごと行方不明になれば、すぐには騒がれることもない。家族にはしばらくこっちにいることにしたと犯人たちは女の子の携帯からメールを打つの。巧妙よ。」

「怖いね。」

「じゃあ、私はそろそろ行くわね。」

「あ、もう1つだけ。凄く惹きつけられるようないい香りがするけど、香水?」

「えぇ、インドの庭園を想って作られた香り。じゃ、さよなら。」

背を向けた彼女に、僕はカチリと銃をかまえた。部屋を出る時にワークパンツのポケットに入れておいた。

「どういうつもり?」

「あなたって誰に頼まれて今回のことやったの?」

「私は売られた子の身内なの。復讐よ。」

「そんな都合のいいことある?たまたま被害に遭った子の家族が、1泊10万近い高級リゾートに10日以上泊まり込んで、サプレッサーのある銃で誰にも知られずに3人も強めの男を始末するなんてさ。ありえないでしょ。」

「君こそ、何者なわけ?」

「分からないんだ? 僕は、あなたと同じグループを追ってただけ。あいつらは下っ端だからさ、その先にある組織や関係者を調べてた。あっさりと下っ端片付けられると困るよ。彼らから引き出した組織の情報は何?あとは、あなたが本当は何処に所属している人なのかもね。」

「ばかばかしい、子供に教えることなんて何もないわ。」

「そう。じゃあ撃つけど…いいよね?」

5秒の張りつめた沈黙が訪れた。そして彼女は振り返るとこういった、

「私はね、公安。」

「へぇ、ハムの人か。」

「さぁ、正直に君も言ってよね。」

「今、銃向けられているのどっちか分かってる?僕に主導権があると思うんだけど。」

彼女が悔しそうに唇を噛んだのを見て、僕は笑いながら銃を下した。

「冗談。ごめんなさい。僕は、うーん、調査会社って言えばいいかな。困っている人助けてるだけ。投資家の息子がリストにあったのは、僕が仕込んだフェイク。事前にリストを書き換えておいたんだ。僕の棟は、地元マフィアが泊っているように書いておいたはずだよ。」

「そう、なかなか準備がいいことは認めるけど、まともな調査会社じゃないわね、銃なんて。」

「まぁね。」

僕はペロリと下を出した。この癖のせいで、よく上司からおまえはあざといって言われるんだよな…。

「日本でお願いすることも出てくるかもしれないわね。その時はよろしく。」

「ハムさんが僕と組むの?」

「ねぇ、そのハムさんっていうのやめてよ。どこかの俳優じゃないんだから。」

「じゃあ、本当の名前は?」

「ミズキよ。」

「上の名前?下の名前?」

「上の名前。水に樹木の木。じゃ、私本当に行くから。」

「オレ、龍哉。またね、水木さん。」

組織の情報は教えてもらえなかったから、別ルートから探すしかないな。大金使って泊まらせたのにってボスは怒るだろうけど、まぁ何とかなるだろう。彼女とまた会う日は、そう遠くないかもしれない。彼女が消えたプールサイドは、足元に冷たい光と影を残していた。

夜のプール

【掲載商品】
■パルル モア ドゥ パルファム
「ガーデンズ オブ インディア オードパルファム」
(50mL ¥14,000+税 / 100mL ¥23,000+税)
ブルーベル・ジャパン株式会社 香水・化粧品事業本部
Tel.0120-005-130(受付時間10:00~16:00)
www.latelierdesparfums.jp

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Author's Profile

美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラーYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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