CheRish Brun.(チェリッシュブラン)

好きと心地よいがつくる、私らしく楽しい暮らし

いのちの揺蕩(ようとう)~Vol3

ペンハリガン ハートレス ヘレン オードパルファム

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「フジムラさん、いいわ、殺さなくて。」

想定通り、薔薇の蕾の影から女が現れた。横には那須を立たせて腕を組んでいる。那須はまだ意識が混濁しているのか、ぼぅっとしているように見えた。

「前野さん、怖い思いさせてしまってごめんなさいね。」

「やっぱりあなたが仕掛けていたのね。」

「気づかれていましたか。さすがだわ。いつからですか?」

「あなたの婚約者を知った時よ。」

仙崎あかねは、眉を少し上げ、明るい笑い声を立てた。

「本当に?それは凄い!じゃあ何故密着取材に乗ったんです?」

「そうね、あなたの意図が何かを知りたかったからかしら。」

「好奇心ですか。人間は知りたいという欲を抑えることはできないのですね。」

「それだけじゃないわ。知った上で、あなたがしようとしていることを潰すためよ。」

「潰す?無理ですよ。あなた一人で。」

鼻で笑うと、那須を1つの蕾の中に座らせた。

「1つ機械を壊しましたね。一体いくらの損害だと思っているんです?」

「どうってことないでしょ。国がついているんなら。」

仙崎は初めて表情を少しひきつらせた。そして那須の座った蕾を閉じるボタンを押した。

「やめなさい!」

ガァーーーーーン!と大きな音を立て蕾は停止し、私はびくっとした。それと当時に、内側から斧で機械を破壊した那須が立ち上がるのと、驚いた仙崎が蕾の大きな破片で吹っ飛ばされるのは同時だった。私は那須に聞いた。

「やっと解けた?」

那須はピンク色の舌をペロリと出した。

「いえいえ、前野さんがフジムラさんと戦っている時には “フツウ”に戻ってましたよ。フジムラさんの斧は僕が拾って隠し持っていました。そこからは演技。」

うぅぅぅと呻き声をあげながら、仙崎は顔を上げる。額を切ったのか血だらけだった。

「なんなの…どういうこと?」

「私たちはね、泉の会社から失踪者が何人か出ていることを知って、探っていたのよ。那須君は、泉の会社に入社した自分の親友が、新卒2年目に行方不明になったの。行方不明になる前に親友は、社長とよく出かけている自分は将来を見込まれてると喜んでいたそうよ。それがある時から急に連絡がとれなくなって、那須君は心配になって会社を訪ねたら、彼は自主的に退職したと言われた。でも、マンションにも帰っていない。」

「前野さん、説明ありがと。僕はあいつの行方がどうにも分からなくて心配で、泉に近づいて情報を聞き出すために入社した。もちろん大会社の社長だから、入社したからといってすぐに近づける訳じゃない。そんな時、前野さんが色々な企業の社長に密着取材をしている記事を読んだんだ。この人なら不信感を持たれずに社長に近づけると思った。それでダメ元でSNSから相談したいことがあるとDMを送ったら、意外にも返事が来た。実際に会ってみて前野さんは凄く親身になってくれて、いきなり取材を申し込むのは危険だと言ってくれた。それで僕たちは準備期間を設けることにしたんだ。」

「準備期間?」

仙崎はイラつきながらも、ゆらゆらと立ち上がった。美しい顔にはべったりと血がついて、ベージュ色のジャケットは肩から破れている。

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「あぁ、泉が食いついてくれるように、僕は気に入られるようなアピールを社内で続ける。そして、泉の会社の広報、つまりあなたとコネクションがあるという前野さんは、広報から何か聞き出せないか、さり気なく会う機会を作る。」

「まさか那須君の成果が思った以上に早く出て、早々に泉にサロンに連れられてきてしまうとは想定外だったけどね。さすがに焦ったわ。」

「泉の会社にも失踪者はいたけど、ここに出入りしている企業は共通して1年で2~3名の失踪者がいた。一見、業種もバラバラで分かりにくいけれど、共通項はこのサロンだ。だから僕はサロンと失踪が何かしら意味を持っていると思った。泉からここの同伴に誘われた時、僕は自分が捉えられることで証明してやろうと思った。前野さん、今は2月?」

「そうよ、だいたい3ヶ月くらい待たせたわね、ごめん。よく我慢できたね。」

「僕がここにいることは前野さんが知ってる。誰にも知られずにある日突然幽閉された子たちとは、気持ちの部分が全然違うよ。それが大きかった。それでも最近はマインドコントールが激しくて、前野さんが助けてくれた時、すぐには状況が分からなかった。」

「仙崎さん、あなたが泉の密着取材を申し出てきた時は、さすがにあなたが黒幕だとは私は気づかなかった。でも余計な作り話をしたわね。私をサロンへ行かせるために、婚約者が失踪したって話よ。その後婚約者の写真を送ってきた時、驚いたわ。那須君なんだもの。だからあなたの話が嘘ってことが分かった。なぜ嘘をつく必要がある?だから私はあえてあなたの話に乗ったフリをして、那須君を救出するために来たのよ。でもね、1つ教えてよ。なぜ女の私をサロンへ行かせようとしたの?」

「このサロンは、男性オンリーでなく、ゆくゆく女性も可能な施設にしようと思っているの。そのためには女性のエナジーが要る。あなたは若い世代にも人気のある文筆家だわ。あなたがここは素晴らしいってマスコミの前で言ってくれれば、女性の有力者だって安心してここに通うようになるわ。対価として若いエナジーを連れてね。私の仕事は広報だもの。面白いでしょ?」

「さっきから言っているエナジーって、何なの?」

「多分、僕が泉に連れてこられて幽閉された時に居た子たちのことです。大企業の社長や政治家に連れられてきた野心のある若い奴らが、マインドコントロールされて少しずつ狂っていって、無力になった瞬間に[コア]の中に入れて消してしまうため。」

「その通りよ。私たちはね、人体を液状化してその生命力だけをエナジーとして保存できる機械を開発したの。それが[コア]よ。人体の液状化そのものはね、液体火葬にヒントを得たの。アメリカでは既に認められている州もあるわ。[コア]は。エナジーを採取するモードと、付与するモードが切り替えられる。エナジーのために差し出されたら採取され、有力者たちは付与モードで精気を浴びるの。そうやって亡くなってはならない人を死なせない、長生きする必要のある人を長生きさせるためのサロンなのよ。1人のエナジーで半年分くらいにしかならない。だから、都度ストックが要る。」

「それを…そんな非道なことを、国が補助しているっていうの?」

「そうよ、私の父がね。」

「そうか…、あんたの苗字、仙崎は大臣だ。僕の親友もエナジーに使われたのか?!」

「ストックの中に居なかったということは、そうじゃない?」

「ストックって呼ぶな!」

怒りを爆発させた那須が仙崎に向かって掴みかかろうと突進していくのと、誰かが遮るのは同時だった。フジムラだ。那須とぶつかり合い、飛ばされたフジムラは蕾が開いた[コア]の中に落ち、蕾は閉じた。

呆然と立ち尽くす那須を、仙崎は狂ったように笑った。

「フジムラはね、私が拾ってきたホームレスよ。昔、執事をしていたことがあるというから、適任だと思ってね。あなた立派に[コア]のエナジーを補充できたじゃない。まぁ、老人のエナジーなんてたかが知れているから、1回分にもならないでしょうけどね。彼はね、弱ってしまってはストックたちの世話ができないだろうから、出来立てのエナジーをたまに吸わせていたの。だから若く見えたというわけ。」

「フジムラさんは…、あんたに凄く恩義を感じていたよ。僕たちの世話をしているときに、たまに話してくれた。生きる希望を失って、死ぬのを待つような生活をしていた自分に、仕事を与えてくれたあんたを支えようとしていた。フジムラさんは、プロフェッショナルだった。そして、いつか[コア]に入れられてしまうであろう僕たちに、とっても優しかったんだ…。」

どこからか、ゴォォという水の音が聞こえる。嫌な予感がする。

「那須君、出よう。」

私は那須の腕をつかみ、自動扉へ走った。思ったより音が近い!そう思った時に自動扉の外へ飛び出した私たちの前で、大量の水が薔薇の部屋へなだれ込むのが同時だった。一瞬だけ、仙崎あかねの顔が見えた。何だか、微笑んでいたような気がした。


出口が分からない私たちを助けてくれたのは、那須とともに幽閉されていた男の子たちだった。那須が薔薇の蕾を破壊した音で異変に気付き、脱出しようと出口までの道順を見つけたが、那須がまだ生きているのではないかと探ずつもりで貝のゾーンへ向かったそうだ。しかしながら、そこには誰も居らず、とりあえず恐ろしい機械を破壊していこうとすべての起動レバーをおろしたところ、水流の変更が偶発され、薔薇の部屋に水がなだれ込んだのだった。通路に飛び出てきた私と那須に驚き、出口まで連れて行ってくれた。出口にも、水が溢れ出ていた。

外は夜明けになっていた。私たちは彼らに、このサロンに国が絡んでいることを伝えた。だから、警察に駆け込んだところで、意味がないであろうということも。自分が居た企業には戻らず、退社扱いになっているならそのままにして、親元があれば一度戻り半年ほど目立たぬように生活するようにと話すと、彼らは皆、私たちの助言を受け入れると言った。それが彼らが安全に生きていける方法だ。

翌日の新聞には『表参道で水道管が破裂し、地下水が氾濫した』と出た。やはり、情報が操作されている。サロンのことは一切書かれていなかった。

泉はその後ものうのうと社長を続けていたが、半年後急に亡くなった。死因は髄膜に細菌性の炎症が起き髄液が白濁したとの話だった。同時期に、仙崎大臣をはじめ、大企業の社長や重役クラスが、次々と細菌性髄膜炎症で亡くなった。世間では、謎の流行り病ではないかと騒がれたが、原因はわからないままだった。仙崎は勿論、私が調べる限り、すべてあのサロンに出入りしていた人物たちに間違いない。

ここからは想定だが、あの[コア]には難点があったのではないだろうか。液状化されたエナジーの「純度」だ。細菌も含まれた状態で液状化され、それを気化したものを有力者たちは「吸って」いた。酸素が頭に回り、知らぬ間に細菌が蓄積されていったのではないか。いや、その問題点を一部の人間は知っていたのかもしれない。だからこそ、仙崎の娘を使いあのサロンをはじめ、大企業の社長たちで実験をした。現に役人で亡くなったのは仙崎大臣だけで、他の訃報は入ってきていない。彼らは安全だと分かるまで「吸わない」つもりではないか。仙崎親子もまた、巨大な力に利用された手先に過ぎないのだろう。

変な話だが、今思い返すと仙崎あかねの身体は傷つけば傷つくほど、何か酔わせるような香りがした。それは残酷なほどに人を惹きつける、勝者特有の犠牲を負った香りだった。傷ついて美しい人間もいるのだ。その香りは私の記憶にこびりつき、今も離れない。彼女は幸せだったのだろうか。

ペンハリガン ハートレス ヘレン オードパルファム

この先も新たに、どこかの街で[コア]の試験場が作られるかもしれない。私はそう記すとノートPCを閉じた。記事にできるはずのない記事だ。フィクションとして小説にでもしようか。ブルーブリックカフェのテラス席。仙崎あかねが座っていたところに薔薇を1輪置くと、私は店を出た。もう夏が終わろうとしている。


【掲載商品】
■ペンハリガン
「ハートレス ヘレン オードパルファム」
(75mL ¥32,000+税)
ブルーベル・ジャパン株式会社 香水・化粧品事業本部
Tel.0120-005-130(受付時間10:00~16:00)
www.latelierdesparfums.jp

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Author's Profile

美容ジャーナリスト/香りのストーリーテラーYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、
香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、
化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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