CheRish Brun.|チェリッシュブラン

私のごきげんな毎日

秋の月夜は物語と香り

魔法の香り手帖

1

日に日に長くなる秋の夜。物語を開けば香りがほのかに匂い立つ。

ジョルジュ・サンドの小説「愛の妖精」には、ルックスに恵まれず生まれ育った娘ファデットが登場する。村で疎まれているお婆さんの孫娘であるため、彼女も村では嫌われ冴えないと陰口を叩かれ、男の子にも避けられていた。しかしながら、夜の洞窟の中身の上話を語った時は、彼女の外見を洞窟の闇が隠し、洞窟に響きわたる美しい声や、彼女の内面の素晴らしさが、本来の魅力を伝えた。彼女が恋する村の美青年ランドリーをも惹きつけてしまうのだ。

2

Histoire de Parfums(イストワール・ドゥ・パルファン)のフレグランス「1804-Gerge Sand」は、華やかで可愛いらしいトップノートの奥に、ビターなオリエンタルノートが潜む。男装の麗人ながら恋多き女性でもあり、外見だけでなく相手の内面を見ることも大事にしていた彼女の思想がその香りから感じられ、優しい気持ちになる。

絹の下着を仕舞った木箱から香るAroKandelaのサシェ「アンバーリネン」が、アンバー、カシミア、ムスクのミステリアスな温かさでアラビアンナイトの世界へ誘い出す。

3

アラビアンナイト、またの名を千一夜物語。第五十八夜に登場するのは、第三の遊行僧の物語がゾベイダに語る戒めのお話。
40人の美女たちと1年を過ごした第三の遊行僧は、1ヶ月だけ屋敷を留守にするという40人の美女にこう言われる。「ここには100の部屋がある。99まで開けても良いが、100番目の部屋は決して開けてはならない。」99個の部屋は、見事な果樹園へ続く部屋、美しい植物園へ続く部屋、煌めく宝石の部屋など、豪華な部屋ばかり。

彼女たちが戻る前の最後の1日、遊行僧は「開けてはならない」誘惑に勝てず、禁じられた扉を開けてしまう。扉を開けると、あまりに濃厚な香りに遊行僧は気絶し、その香りを”警告”と感じる。

沈香や竜沈香が濃く香る扉の奥へ進むと、1頭の馬が佇んでおり、その馬に乗ると天高く舞い上がり、尾が右目を強く打ち遊行僧は失明してしまうという、欲への戒めを描いている。

上質なアンバーが手彫りのテラコッタ製ボールから香るラルチザン パフュームの「LA BOULE D’AMBRE(アンブルボール)」は、まるで100番目の禁断の部屋へ手招きするように、穏やかに誘惑の香りが頬を撫ぜてゆく。

今夜は、第三の遊行僧になったつもりで、決して開けてはならない100番目の扉の奥を覗こう。沈香と竜沈香の香りに目眩を繰り返し、千夜一夜に想いを重ねる。アラビアンナイトは永遠の輪廻なのだから。

4

Histoire de Parfums(イストワール・ドゥ・パルファン)の「1876-Mata Hari」を纏えば、1967年の映画「007 カジノロワイヤル」のあるシーンを想い出す。

007シリーズの中でも異端と呼ばれるほど、ストーリーに脈絡のない乱痴気騒ぎやラストはカオスと化すため、まるで夢の中の出来事を映画化したかのような不思議さを感じる映画。私の好きな「CANDY」という映画にもめくるめく混沌が似ている。

オランダ人ダンサーで高級娼婦でもあり、スパイ容疑で処刑されたマタ・ハリには、映画の中で実は007ジェームズ・ボンドとの間に娘マタ・ボンドが存在する設定。マタ・ボンドは、マタ・ハリが学んだ東ベルリンのスパイ学校に潜り込む。表向きは家政婦紹介所としているこのスパイ学校は非常に謎めいておりどこか不気味だが、マタ・ボンドの機転や行動力によって謎の組織スメルシュの秘密オークションを阻止することに成功する。

マタ・ボンドの登場シーンには、マタ・ハリを想起させるエキゾチックで煌びやかな美しいコスチュームと、華やかなダンスや神々しい音楽が使われており、香りのしない映像からもまるで匂い立つような素晴らしさがあるのだ。

「1876-Mata Hari」のスパイスやフルーツの効いたグラマラスなオリエンタルフローラルノートは、私にとってまさにマタ・ボンドの降臨を感じさせる香り。

キャンドルを灯し、香り纏い、物語を思い起こそう。
秋の夜はもっと素敵になる。

5

【掲載製品】
 イストワール・ドゥ・パルファン「1804 George Sand」「1876 Mata Hari」 各120ml ¥19,000+税 / 株式会社ドゥーブルアッシュ tel.03-6427-2369
L’Artisan Parfumeur 「アンブルボールS」 20g ¥12,960(taxin) / ラルチザン パフューム表参道本店 tel:03-6419-9373
AroKandela 「アンバーリネン」¥648 / AroKandela tel.052-982-7956

美容ジャーナリスト香水ジャーナリストYUKIRIN
ナチュラルコスメとフレグランスのエキスパートとして、
「香りで選ぶナチュラルスキンケア」や、「香りとメイクのコーディネート」など提案する他、香りから着想される短篇小説を連載中。

媒体での執筆・連載の他、化粧品のディレクション、イベントプロデュース、ブランドコンサルティングなど幅広く活動している。
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